ひとつ前の季節の記憶は日々の生活の中に埋ずもれ、新しい季節の気配があたりの空気を染めはじめる頃。
戦友の部屋を訪れた男は、昨日までそこにいた人物が失踪していることを知り、顔色を変えた。
「え、あいつ出てっちまったの? え、だって⋯⋯え、ウソ! なんで!?」
パニックになって、自分でも何を言いたいのか解らなくなっているらしい彼に、
「大丈夫だって」
本来取り乱すべき部屋の主の方が、なぜか余裕をぶちかましているのが妙だ。
「あいつが自分の意志でそうしたんだからよ。好きにさせてやんなきゃ、だろ?」
「いいのかよ、おまえはそれで」
エゴイストになると宣言したくせに。
「せっかくこれで全部うまく行くって、俺は⋯⋯、」
「だーいじょうぶだって。全部どころか、もっとうまく行くようになる」
「はぁっ? おまえ、ショックでノーミソ沸いたんじゃねえの!?」
しかし、部屋主は尚も笑い、そして嬉しげに言った。
「夏は来るんだよ」
一九九八年、春。
京の部屋から、庵が消えた。
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