10日間あった休暇も、残り3日となったその日。
オレことラルフ・ジョーンズは、農家のトラックの荷台の上でジャガイモの山と共に揺れていた。
広大な小麦畑を突き抜ける鋪装されていない一本道を、黄色く乾いた砂埃をもうもうと捲き上げながら、オレを乗せたトラックはもう30分も同じような風景の中を走り続けている。オレの足下では今が旬のジャガイモの群が、ゴロゴロと景気のいい音をたてて踊っていた。
二日前のことだ。オレとその相棒(と、ここでは呼ばせて貰うことにする)であるクラーク・スティル少尉の直属の上官に当たるハイデルン教官から、オレは次の任務についての指令を与えられた。その連絡を自宅で受けたとき、かねてからそうしたいと思っていたことを実行に移すチャンスかも知れないと思ったオレは、クラークにはもう通知済みなのかどうか尋ねてみた。そして、まだだという期待通りの返答を得、教官に申し出たのだ。クラークへの通達の役目は自分に任せて貰えませんか、と。
教官から承諾の言葉を貰い、早速オレは簡単な旅支度を整えて列車に飛び乗った。
目指した先は、休暇中のクラークが帰っている筈の、ヤツの実家だ。
初めて訪れたその土地は、公共の交通機関だけを使って目的地を目指すにはあまりにも不便過ぎる場所だということを、着いて早々オレに思い知らせてくれた。一時間に一本通るか通らないかという路線バスを待つなんて悠長な真似は、自他共に認める短気なオレに耐えられる所業では当然なく、それでも他に手段もないので停留所で不貞腐れ、時刻表を睨み付けて唸っていたところ、農家のじーさんが通りかかった。不機嫌この上ないオレに声を掛けるなどという恐いもの知らず――いや、命知らず、かも知れん――なことをやってのけてくれたそのオヤジが今、オレを乗せたトラックのハンドルを握っている。
停留所で、オヤジに尋ねられるままに行きたい土地の名を答え、そこにある筈のスティル家に用があるのだと続けると、彼は、
『なあんだ、それならウチのお隣サンだよ。アンタ運がいいね』
と、陽に焼けたシワだらけの顔を笑みに崩し、ウチまでで良ければ乗せて行ってあげよう、と気安くジャガイモの山を崩してくれたのだった。生憎、助手席には彼の奥さんが座っていて、オレが座るには荷台しか空いていなかったのだ。もっともオレにしてみれば、それだけで充分ありがたい座席だったのだが。
進行方向に背を向けて荷台に座り、路面の悪さから時折ガタンゴトンと揺さぶられつつ、オレは思い付くまま口笛なんぞ吹いてみる。都会のそれとは違う、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで、身体の内側から浄化されて行くような気持ちのいい錯覚に身を委ねて。
見上げた先には、恐ろしいくらいに澄み切って雲ひとつない秋の空。それはこれから逢いに行くあの男の瞳と同じ色をして、どこまでも果てしなくオレの頭上に広がっていた。
のどかだった。
気が抜けてしまいそうな程、とにかく長閑だった。
「着いたよ」
オヤジに言われ、停車したトラックの荷台から取り敢えず飛び下りたオレは、キョロキョロと辺りを見回して眉間に深い縦ジワを刻んだ。
どこをどう見ても、そこには一軒しか家がなかったのである。
スティルさんの家ならウチの隣だって言わなかったか!? このオヤジ!
オレは無意識に怒りを露にしたグリーンの瞳で、思わずオヤジのくたびれた背中を睨み付けてしまっていた。
――おい、クラークん家はどこなんだ!
「ああ」
苛立つオレの視線に気付いたのか振り向いたオヤジは、しかし少しも動じる様子を見せず何でもないことのように、
「ここら辺じゃお隣サンってのは大抵一キロも二キロも離れたところに住んでるんでねぇ」
と、サラリとのたまいやがった。
ええええ、オレが悪かったですよ! この長閑さに頭をヤラレて『数キロ先の隣家』なんてもの、想像も出来なかったさ!
かく言うオヤジには、これからすぐに町へ引き返さなければならない用事があるとかで、ここから先はオレひとりで歩いて行くしかないらしい。目指すクラークの実家は小高い丘の向こう側にでもあるのか、今オレが立っているところからはまだその姿を見ることが出来なかった。
「この道を道なりにまっすぐ行けばイヤでも着くよ」
一本道だから迷いたくても迷えないだろう、と笑って教えてくれたオヤジに、念のため家の目印になるものを訊いてみると、トウモロコシ畑に囲まれている、とのこと。ただし今の時期は収穫後であるため、何もない平地になっているのだそうだが。
そういやアイツ言ってたよな、夏に帰ったらトウモロコシの収穫時に重なるから休暇どころじゃなくなるんだ、って。
取り敢えずここまで運んでくれたことに礼を言い、二日後には恐らくクラークと共にまた立ち寄らせて貰うであろうと予告して、オレは丘に向かい最初の一歩を踏み出した。
いつだったか休暇に入る前のクラークにオレは言ったことがある。次の休暇の間に一度、おまえの家を訪ねてもいいか、と。そうしたら普段は滅多に感情というものを表に出さないあの男が、このときばかりは露骨に嫌そうな貌と声とで、
『イヤです』
即答しやがった。
『なんでヤなんだよお』
『ウチになんか来てどうするんですか。⋯⋯オレ前に言いませんでしたっけ? なんにもない田舎だって』
遊ぶトコなんて無いんですからね、退屈するだけですよ、と更に言い募る。
『別に遊びに行くって言ってるワケじゃねえよ。おまえン家の一家団欒ってのに混ぜて貰いたいだけさー』
『そんなの⋯⋯』
混ざってどうするんだ、と言いたげにクラークは眉を顰めた。
兵役に就き、その後傭兵に転身してかれこれ20年程の間、オレは家族と暮らした経験がない。そのせいか時々家庭のあたたかさ、なんてものが無性に恋しくなったりすることがある。ひとりでいるのも気楽でいいが、どちらかと言えば大勢でワイワイ騒がしくやっている方が好きなオレだ。別に恥に思うこともないのでそれを正直に口にしたら、なぜかクラークの方が真っ赤になってしまった。
『と⋯⋯とにかく、オレは嫌ですからね。勝手に来たりしても追い帰しますよ』
オレを追い帰すなんて、出来もしないことを言うんだな、とおかしく思いながら、でもそれは敢えて口にせず、
『だーかーら、なんで嫌なのか言えよ』
しつこく食い下がるオレに、
『恥ずかしいからですッ』
クラークは半ば叫ぶようにそう応えた。
『なんだよー、オレのこと家族に紹介すんの、そんなに恥なことなのかぁ!? 仮にもおまえ、オレはおまえの上官だろー!』
心外だ、と詰め寄ったら、
『あーもーッ、どうしてアンタにはこうも言葉が通じないかなあ!!』
プライベートのときにだけ飛び出す二人称でオレを称し、やってられない、と天を振り仰いで、
『オレが恥ずかしいって言ってるのは、ウチの家族を大佐に会わせることが、です。⋯⋯言ってる意味、解りますよね?』
――いーや、解らん。
もうこの話題を終わりにしたいらしいクラークは、最後に念押ししてオレに背を向けかけていた。が、オレには引き下がる気など毛頭ない。だいたいクラークの言っていることが本当にサッパリ解らないのだ。
『なんで恥ずかしいんだよー。おまえ、自分を生んでくれて育ててくれた両親だろー』
クラークは己の肩超しに顔だけでオレを振り向いた。心なしか、ヤツ愛用のサングラスから僅かに覗いた眉が、いつもより吊り上がっているように見える。
『大佐には解らなくていいんですッ』
カルチャーショックみたいなもんです、とオレにはますます訳の解らない台詞を残し、クラークはドカドカと足音荒く歩き去ってしまった。
それでこのときの休暇中には、ヤツの実家を訪ねることを断念したのだ。
本音を言えば、家族の団欒だとか家庭のあたたかさがどうだとか言うことよりも、まず、クラークがどんな環境で育ったのかをこの目で見てみたい、というのがオレがアイツの実家を訪ねてみたかった最大の理由だったのだが。
でももしそれを素直に口にしていたら、きっとクラークはあれよりももっと強く拒絶したんじゃないかと思っている。
誰かと一緒に歩くのならちっとも気にならない距離が、一人でだとどうしてこうも長く思えるのだろう。一般人とは違う鍛え方をしているから、長距離移動が肉体的に苦痛であることはないのだが、単純作業とか退屈とかいうヤツには、オレは勝てない。自慢じゃないが、そのことについては自信がある。任務中ででもなければ、オレは我慢も我慢をするという努力さえも迷わず放棄する。忍耐などという言葉は、平時のオレが持ち合わせていない物の最たる物だ。そんなストイックな言葉が似合うのは、相棒の方だろう。
剥き出しの砂利道は延々と続いている。オレにとってはまるで拷問のようだ。それでも丘のてっぺんまで行けば、アイツの家が見える筈。そう自分に言い聞かせ、オレはひたすら足を交互に前へ押し出していた。
丘を登り切ったところで、オレは一旦足を止めた。
「うへーっ」
思わず意味不明な感嘆が口をついた。
眼下に広がるのは一面の、見事なまでに広大なトウモロコシ畑⋯⋯の跡。そしてその中にポツンと、一軒の二階建ての民家があった。どうやらそれが、オレが目指すクラークの家らしい。
「それにしても⋯⋯」
――ずいぶんと遠いお隣サンじゃねぇの。
所有地と所有地とは確かに隣接しているのだろうが、囲いがあるわけでもなく、これでは一体どこがその境界線なのだか解らない。そもそも今オレが立っているこの丘の頂上は、果たしてまだあのオヤジの所有地内なのか、それとももうスティル家の所有地内なのか。
――ま、そんなこたあどうでもいいか。
オレは肩にかけていた小振りなボストンバックを担ぎ直し、再び歩き出した。
それから一体どれだけの時間が経過しただろうか。少なくとも10分はかかったと思うのだが、それだけの時を費やして、オレはようやくスティル家の玄関前に立つことができた。
雨風に曝されて色合いの変わってしまっている、元は真っ白だったであろう家の板壁が、オレに妙な懐かしさをいだかせる。
「でけェ」
丘の上から見たときにもデカイ家だと思ったが、いざそれを目の前にすると、今更ながら感心してしまった。ただし、言い方は悪いが決して豪華だというのではない。ナイフでいえば、繊細で小器用な万能ナイフではなく、大雑把で無骨なくせにどこか味のあるサバイバルナイフ、といった感じだ。要は敷地が広くて、そして素朴で暖かな匂いのする家だと言えば想像して貰えるだろう。
ひとしきり家の外観を眺め回してから、ようやくオレは玄関のドアを直に叩いた。呼び鈴というものは付いていないようだったからだ。
ドンドンドン!
――シーン⋯⋯。
「あ、れ?」
ドンドンドンドンドン!
さっきよりも強くドアをノックしてから、今度はドアに耳を押し付けてみる。
――シーン⋯⋯。
やっぱり返答がない。なんの物音も聞こえない。
もしかして、留守、か?
それとも陽はまだ高いし、一家総出で畑仕事でもしているんだろうか。いや、でもさっき丘の上から見たときには、畑には誰もいなかった筈だぞ?
けど、もし本当に留守だとしたらサイアクだ。言えば絶対に来るなと拒絶されると思って、クラークに黙って来たことが裏目に出たのだろうか。
オレは取り敢えず庭の方へ回ってみることにした。これで誰もいなかったら畑へ行ってみるしかないだろう。が、途方に暮れそうな程ダダっぴろい畑の、一体どこをどうやって探せばいいのやら。考えただけで気が遠くなりそうだ。
ジャングルの中ではよく働く、と自慢すら出来る野性の勘が、こんな平時のトウモロコシ畑の中でも有効かどうか、オレにはあまり自信も期待も持てなかった。
もしかするとオレって非常時にしか役に立たない男なのかも知れない⋯⋯。
溜息をつきながら、オレは庭のある家の南側へと回った。建物同様、辿り着いた先のその庭もまた、かなりの広さを持っていた。
手入れが行き届いている、とは言い切れない庭だったが、適度に手を抜いた感があって、そういう処がオレはいたく気に入った。几帳面さと乱雑さとが微妙なバランスで同居していて、無条件に居心地がいいのである。
そして気付いた。
オレにとってのこの心地よさは、そのままクラーク本人の持つ雰囲気に通ずるものだ、と。
ああ、本当にクラークの育った家にやってきたんだな、と、ここへ来て初めてオレは遅蒔きながら実感した。
そのとき、である。背後から忍び寄ってきていた何者かが、オレの背を目掛けて襲い掛かってきたのは。
「うっわっ」
一声叫んで振り返る。
悲しいかな、条件反射でオレは咄嗟にマーシャルアーツの構えをとってしまっていた。利き手である右腕を少し引き気味にして指を伸ばし、防御のための左腕は指先まで最大限伸ばして腰を落とす、その構え。だがオレのそのファイティングポーズの先にいたのは、人ではなかった。
「い⋯⋯いぬぅ?」
明るい栗毛色の長い毛足を持つ、アフガンハウンドの成犬が、泰然としてオレを見上げていたのである。
一気に緊張が解けた。
相手を驚かせないように、オレはゆっくりと両手を下ろし肩の力を抜く。
アフガンハウンドは肩高が70センチはある大型犬だ。前足を伸ばして飛びつけば、オレの背中に衝撃を与えることなど雑作ない。しかも相手が犬であり、恐らくは本気で危害を加える気などなかったのだろうから、流石のオレにもその気配が察知できなかったという訳だ。まあ半分くらいは平和ボケもあったと思うが。
それにしても、だ。さっきのノックの音は、少なくともこの犬には聞こえていた筈である。なのにご主人様に知らせないとは一体どういう了見なんだ? だいたい吠えもしないなんて、これじゃ番犬にもなってねえ。
そんな不平も込めて睨みを効かせてみたが、無駄なことだ。やがてそいつはオレの足元に近寄って来た。
無闇に警戒させてしまわぬよう、オレがじっとしていると、ヤツはフンフンと黒く濡れた鼻先をオレの身体に近付ける。そして一頻りオレの周囲を歩き回ってオレの匂いを嗅いだ後、何を思ったのかオレが肩から提げているボストンバッグにまで鼻を寄せた。このバッグは、どの任地へ赴くときにでもオレが持参している私有の荷物だ。中には少しだが非常食なども入っている。
この犬、ハラが減ってるんだろうか。
しばらく様子を見ていたら、ヤツの態度が急変した。さっきまでは警戒心を露に、垂れた耳を緊張させていたのが、いきなりパタパタと尾を振り始めたではないか。
おいおい、なんだかすげぇ嬉しそうだぞ、コイツ。
後になって解ることなのだが、コイツはオレがクラークと同じ『匂い』をもつ仲間だということを確認していたらしいのだ。が、このときのオレにはそんなこと、解ろう筈もなく、ただただその豹変ぶりに驚くばかりだった。
「クゥ」
訳が解らないまま見つめていると、ヤツはボストンバッグから顔を上げ、口先をすぼめて妙に甘えた声を出した。その間も、尾を打ち振ることはやめない。そして不意にオレの着ているTシャツの裾をくわえ、強く引っ張り始めた。
「?」
引かれるまま一歩踏み出すと、シャツから口を離し、庭を突っ切って歩いて行く。ちょっと歩いてから、オレがどうしているのかを確かめるように途中で立ち止まって振り返る。オレがその場でじっとしているのを見てとると、またオレの側まで戻ってきて、シャツの裾を引くという動作をくり返した。
ついて来い、ということらしい。
戸惑いつつも、取り敢えず後をついて行ってみることにした。
辿り着いた先は、家の東側にあたる裏口のドアの前だった。ドアは全開にはなっていなかったが閉まってもおらず、僅かな隙間が生じている。
「なに? 入っていいのか?」
言葉が通じるはずもないのだが、律儀にオレは声に出し、ヤツに訊いてみる。ヤツはパタパタと尾を振ってオレの顔を見上げて来る。
「開けるぞ?」
訊いたところで許可を与えてくれる相手は答えてもくれないのだが、念のため断りを入れてから、オレはドアノブを握ってそっと引いた。
ギギギギ、と鈍い音をたてて古びた木製の重い扉が開く。
――おーい、ちょっと不用心すぎるんじゃないのかー?
躊躇うオレを尻目に、アフガンハウンド氏はさっさとドアの隙間から家の中へと入って行く。ここまで来ればオレも後を追わざるを得ない。陽の射さない薄暗い部屋をふたつ通り抜け、行き着いたそこは玄関からもっとも離れた場所にあるリビングだった。
部屋の入口のところで足を止めたアフガンハウンドが、一度オレを振り返り、また着いて来いというようにゆっくりと中へ進んで行く。その動きを目だけで追ったオレの視界の中、陽射しのさんさんと降り注ぐフローリングの床の上で、両手両足を投げ出して気持ち良さそうに眠っていたのは、
「クラーク⋯⋯」
――ああもう、やっと会えたぜ。
先に入って行った犬はフローリングの床に当たってカチカチと音をたてる自分の爪が気になるのか、随分とゆっくりした動作で歩いていた。そうしてクラークの側まで歩み寄ると、ヤツはおもむろに――、
「!?」
クラークの腹の上に顎を乗せて寝そべりやがった!
――ちょっと待ていっ!
オレだってクラークの腹枕(?)で寝かせて貰ったことなんか滅多にねえんだぞ!? クラーク、てめえもナニ好きにさせてんだ、起きやがれ!
かなりムッと来たが叫ぶわけにもいかず(クラークを起こしたくねえじゃねーか)、怒りを爆発させないように深呼吸をしてからオレも部屋の中へと移動した。
――道理で吠えなかったわけだよな。
クラークの腹枕で眠るこの犬は、番犬としての仕事を放棄していたのではなかったのだ。ただご主人様を静かに寝かせておいて上げたかったのだろう。休暇で帰って来るときにしか家にいない、滅多に会うことのできないご主人様を。
大した忠犬じゃねえか。
と、思ってみたところでやっぱりオレの憤慨は収まりもしないのだが。
くそう。これでおまえが雄だったりした日にはタダじゃおかねえ。
なーんて思って眼光鋭く睨み付けてみても、目を閉じてお休み中のヤツには解る筈もなく、オレも馬鹿らしくなって視線をクラークの顔へと移した。
クラークは身動きひとつせず穏やかな寝顔で規則正しい寝息を発てている。無造作に投げ出された長い脚を包むGパンの先は素足で、洗い晒しの白いトレーナーの袖も肘のあたりまで巻くり上げられていた。風の吹き込まないこの場所は、よほど暖かくて気持ちがいいのだろう。座っているオレの方までなんだか眠気に誘われそうだ。
それにしても。
よく眠ってるなあ、クラーク。
いくらオレが気を遣って気配を殺しているからとはいえ、コイツが人の気配に気付けないほど深く眠っている姿なんて初めて見るかもしれない。オレも人のことは言えないが、オレたちの戦場での眠りは得てして浅いのだ。殊クラークに関してはそれが顕著で、たとえ隊を組んで行動しているときであっても、あまり深い眠りには就かない。見張りの仲間を信用していないのではないのだろうが、不慮の事態にも敏速冷静に対応できるように、と思ってのことらしい。
以前そのことを指摘して、貧乏性だなと揶揄ったら、クラークは、生まれ持った性質ですからねと言い、仕方ないんですよと付け足して、それでも自然に笑っていた。
正直なところ、せめてオレとふたりでいるときくらいは、これくらい安心した寝顔ってヤツを見せて欲しいんだけどなー。
まあともかく、クラークのこんな姿を見ることが出来ただけでも苦労してここまで来た甲斐があったってもんだろう。
オレはクラークの寝顔を見詰めてそんなことを考えながら、ヤツが目覚めるのを辛抱強く待つことにしたのだった。今だけは非常時でなくても我慢してやろうじゃないか。
多分それから30分は経ったんじゃないかと思う。
ボーっとクラークの寝姿を眺めている間に陽が陰り始め、なんか肌寒くなって来たぞとオレが意識したとき、おもむろにクラークの腕が動いた。ヤツは目を閉じたままで腕だけを伸ばし、腹の上にある犬の頭に手をやった。
「アラン、どけ」
寝起き特有の掠れた声が言う。
「起きるぞ」
その言葉と同時に目蓋が上がり、綺麗なアイスブルーの瞳が現れた。ともすれば冷たいとか鋭利だとかキツイ印象を与えがちなこの瞳は、普段はサングラスに遮られていてあまりお目にかかることが出来ない。
オレは息と気配とを殺したままクラークの動きを見守る。ヤツはまだオレの存在に気付いていない。
アランと呼ばれたアフガンハウンドが腹の上から顎を引くのを待って、クラークはゆったりとした動作で寝返りを打った。そして俯せの姿勢になったところで、
「!?」
ガバッと勢いよく顔を上げた。ようやくオレの気配に気付いたのだ。
「おはようクラークくん。よおおくお休みで」
ずーっと見ていたのだと言外に滲ませて、オレはグリーンの瞳を笑みに細め、クラークの唖然とした視線を受け止める。ニヤリと口角を吊り上げて笑ってみた。
「⋯⋯⋯⋯」
ギョッとした貌でオレを凝視め、まるで腕立て伏せの途中のような姿勢のまま、クラークは固まっている。
「⋯⋯おい、苦しくないか?」
そんな半端な恰好のままで。
オレに言われて我に返ったのか、いつもの落ち着いた表情に戻ったクラークは、のろのろと起き上がりオレと向き合う形で床の上に座り込んだ。
「なんで大佐が⋯⋯」
「こんなところにいるのか、って?」
オレの言葉にコクリと頷き、クラークはそのまま俯いて、寝起きでまだよく働かないのであろう頭を乱暴に振った。懸命に覚醒しようと努めているらしい。
「次の任務のこと、伝えに来たんだよ」
「わざわざこんな田舎まで?」
「そ。わざわざおまえのウチまで、な」
微妙に言い直されたオレの言葉に含まれるたくさんの意味を、正確に聞き取ったのだろうクラークは、はーっ、と深い溜息をついて顔を起こした。その双眸は諦めの色を浮かべている。
「それにしても⋯⋯。大佐、一体いつからそこに居たんです? ほんっとに意地が悪いというかなんというか⋯⋯」
起こしてくれれば良かったのに、と形の良い唇の端を不似合いに歪めた。悪趣味だ、とでも言いたげな貌付きだ。そして、
「アラン、おまえもおまえだ。なんでオレを起こさないんだよ」
怒り(という程の感情でもなさそうだが)の鉾先を犬に移し、もう一度おおきな溜息をつくクラークがおかしい。
詰られたアランは、しかし声を掛けて貰えたことが嬉しいのか、パタパタと尾で床を打ちながらご主人様の顔を舐め回すだけだ。その様子がまたおかしくて、オレは吹き出してしまう。ついさっきまでコイツにヤキモチを焼いていたことなど、すっかり忘れてしまっていた。
「おまえアランっていうのか」
アラン、来い。そう言って手を叩くと、アランは素直にオレの側へやって来た。
「せっかくおまえがオレを案内してくれたのになー。ご主人様はいったい何が気に喰わないんでしょうねえ?」
大人しくオレに喉の脇を撫でられているアランを見ながら、
「アラン⋯⋯おまえってヤツは⋯⋯」
余計なことを、とでも言いたげに、クラークは頭を抱えて低い呻き声を漏らした。
アランは今年で2歳になる牝犬だそうだ。彼女はとても頭のいい犬でお行儀もよく、ひとの言うことをよく聞く。生後2ヶ月でこの家に貰われて来たとき、ちょうど休暇中で帰省していたクラークが有無を言わせぬスパルタ式で短期間のうちに、人と共同生活をする上で必要なほぼすべての躾を叩き込んだためらしい。両親に任せていては甘やかしてしまって躾にならないから、というのがクラークの言い分だった。
クラークのことだから、容赦なくビシビシ躾けたのだろうと思われるのだが、そのくせアランはこの家の中で一番ヤツに懐いているようだ。
オレの知る限り、クラークは叱り方もうまければ褒め方もうまい。口数は少ないくせに、叱るにしても褒めるにしても要所要所をきっちり押さえていて、そのタイミングを誤らない。新兵たちを仕切るその手並みはいっそ鮮やかだ。いつもオレの補佐的な役目ばかりを担っているせいで、その能力が目立つことはあまりない男だが、ポテンシャル値は高く、オレにとってこれ以上は望めないと思うくらい頼りになる相棒兼部下である。
「そういやおまえ、御両親は?」
「昨日から隣の州の親戚の家に行ってます。収穫を手伝いにね。もうこの休暇中にはここへは戻って来ませんよ」
残念でしたね、ウチの一家団欒に混ざれなくて、とクラークは嫌がらせのつもりか皮肉たっぷりに言ってくれた。
そのクラークは今、食卓に座るオレの視線の先で、キッチンに立ち夕食の支度をしている。野外で料理を作る姿なら見慣れているのだが、高さの合わないシンクの前で窮屈そうに腰を屈めている様は、見ているこっちの方がなんだか落ち着かない気分にさせられる。
「おまえは手伝いに行かなくて良かったのか」
「オレは⋯⋯アランの世話があるから」
僅かにだがクラークが口籠ったのをオレは聞き逃さなかった。ヤツは嘘をついている。
「前に言ってた親戚ってのがソレか」
「⋯⋯⋯⋯」
クラークは答えなかったが、それは肯定と同じ意味をもつ沈黙だった。
なんの話をしていたときだか忘れたが、以前に一度オレは聞いたことがあったのだ、クラークには、ヤツが傭兵という職業を選んだとき絶縁を言い渡された親類がいるのだ、と。
軍人や傭兵といった人間を、職業的殺人者だと言って憎み、弾劾する人達がこの国にはたくさん存在する。クラークのその身内もまた、そういった人々の内のひとりなのだろう。
「まだおまえのこと許してくれてないんだ?」
「⋯⋯オレが傭兵なんかやめて、家の跡継いで、結婚でもして子供つくって⋯⋯そうでもしなきゃ、一生認めてくれないと思いますよ」
聞いている方のオレの胸が痛くなるような台詞を、淡々とした口調で声にするクラークの背中がなぜか泣いているように思えて、そんなこと、ある筈がないと解っていながらもオレは席を立ちヤツの背後に歩み寄った。
「クラーク」
オレよりも少しだけ細身な躯を後ろから抱き締め、その肩口に顔を埋める。そんなオレたちの姿に、キッチンの入口で寝そべっていたアランが不思議そうな貌で首をもたげた。
「なんですか」
「黙ってろ」
くぐもった声でそう言うと、クラークはしばらくの間大人しくオレに抱き締められるままになっていた。
「⋯⋯大佐が傷付いててどうするんです」
オレはなんとも思っていないのに、とクラークが言う。
「おまえの代わりに傷付いてやってんだろう? おまえ泣かないから」
「そんなの⋯⋯」
必要ありませんよ、と言いながらクラークの手が、腰に回していたオレの腕をやんわり外そうとする。
「ウチの両親はもう諦めたみたいですからね、孫の顔見るの」
その腕に少しだけ逆らってみる。
「オレは誰とも結婚する気はないって、もう何度も言いましたし」
傭兵などしている男を夫にする女は不幸だから、とクラークは説明しているらしい。
「おまえ、一人っ子だったか」
「そうですよ」
オレはてっきり弟か妹がいるんじゃないかと思っていた。コイツは面倒見のいい奴だから。
「じゃあおまえがいない間は、夫婦ふたりだけの生活になっちまうんだ?」
「アランがいますけどね」
今度は素直にされるがまま腕をほどかれて、代わりにオレはクラークの顔を覗き込んだ。精悍な、という形容がもっともよく似合うその貌付き。
どうして――。
どうしてオレはこの男に惚れたのだろう。
どうしてこの男はオレを選んだのだろう。
どうしてオレについて来てくれるのだろう。
「大佐は⋯⋯」
「ちょっと待った」
クラークが何か言いかけるのを、オレは強引に遮った。
「なんです?」
「その『大佐』っての、ナシ」
「は?」
いきなり何を言い出すのだ、とオレを振り返ったその青い眼が訝しんでいる。
「クラーク、今オレたちは休暇中だろ」
「そうですけど」
だから何なんだ、という貌をするクラークに、
「だから、今は上官も部下もないの」
「⋯⋯どういう理屈ですか」
「理屈なんかどうでもいいの。とにかく『大佐』はナシな」
「⋯⋯じゃあどう呼べと?」
「考えたら解るだろ」
うー、とまるで犬のように唸り声を出し、クラークは冷たい目でオレを睨む。なにやら心の裡に葛藤が生じている模様。そしてややあってこう言った。
「ジョーンズ大佐」
「あのなあ! 『大佐』はいらないって言ったろう!」
「じゃあ⋯⋯ミスター・ジョーンズ?」
「おいっ」
クラーク、おまえ解ってて言ってるだろう!? 嫌がらせだろう! そうだろう!
「名前で呼べよー、ファーストネームで〜」
オレにそこまで言われて観念したのか、クラークはひとつ小さく息を吐いて、
「ラルフは」
と、言い直した。
「ラルフは反対されなかったんですか、傭兵をやろうって決めたとき」
一度口にしてしまったことで楽になったのか、クラークはそのまま言葉を継いだ。それでも敬語を遣うことはやめなかったが。
「されなかったなー。自分の人生好きなように生きろってのがウチの家訓みたいなモンだったからさ」
「放任主義?」
「だったんじゃねえの? 好き放題やりたい放題。わがままに育てて貰った気がするぜ」
「一人っ子でしたっけ? たい⋯⋯ラルフも」
「いや、妹がひとりいる」
オレにはちょうど一回り(この日本式の言い方はKOFに出ていたとき、ボガード兄弟の兄から聞いて覚えた)歳の離れた妹がいる。あまりに歳が離れ過ぎていて一緒に過ごした時間も短く、お互い相手を世間一般でいうところの兄妹という存在としては認識していない節がある。が、喧嘩をした覚えもないから、仲は良い方なのだろう。
「オレとは12歳も歳が離れててな。もう結婚して子供がふたりいるぞ。男の子と女の子が」
「へえ」
「ウチの実家のすぐ近くに住んでて⋯⋯そうだな、兄貴よりは随分親孝行な妹かもなあ」
この妹の存在があるからこそオレは今でも好き放題やりたい放題で、気侭に生きていられるのかも知れないとふと思った。
「いいですね」
「なに言ってんだよ。おまえンとこにもちゃんと居るじゃねえか、親孝行の娘が」
「?」
「なあ、アラン?」
声を掛けると、呼ばれたことが嬉しいのかアランは顔を上げ、ワンッと一声元気に吠えて尾を振った。
目の前の食卓に所狭しと並べられたのは、クラーク曰く『田舎の家庭料理』というヤツらしい。その殆どは出かける前にお袋さんが用意して行ってくれたものだそうで、暖め直すだけで食べられるようになっていた。
アランも大きな深皿に残り物の料理を入れて貰い、食卓の下でオレたちと一緒に食事、ということになった。
「おかわり自由ですから。あ、熱いですよ」
ジャガイモとにんじんが一杯入ったシチューを注ぎ分けてオレに手渡しながら、
「⋯⋯どうしてオレは休暇中にまで大佐と」
「ちがーう」
「⋯⋯ラ・ル・フ、と、一緒にメシ喰わなきゃなんないんですかね」
心底イヤそうな声を出すクラークが憎たらしい。おまけにこれ見よがしに溜息までつきやがって。
「まったく。後3日もすれば嫌でも会わなきゃならないのに、どうしてこんなトコまで来るんですかー。このまま次の任務地まで一緒に移動することになるんですよ?」
「オレは願ったり叶ったりだけどなあ」
休暇を共に過ごせることも、こうして向かい合って食事ができることも、そして次の任務地へ一緒に行けるということも。
だがオレの言葉を右から左へ聞き流し、クラークは素知らぬ貌で食事を始めてしまった。オレも空腹だったから、敢えてそれ以上は同じ話題を続けず、大人しくヤツに倣うことにする。
料理はうまかった。大味なのはスティル家の伝統なのかこの地方の味付けなのか、ともかくオレの口にはよく合った。
シチューのおかわりも全部平らげてから食事の礼を言い、うまかったと感想を述べると、
「いつも食べてるのと大して変わりなかったでしょう」
クラークに指摘された。
ああ、そうか。普段戦場で口にしているものも、よく考えたらこんな大味の飯ばかりだ。
気が付くと、オレたちよりも先に食べ終わっていたらしいアランが、食卓の下で丸くなり鼻先を前足の間に突っ込むようにして眠っていた。
飲み過ぎないで下さいね、とクラークに釘を刺された食後のワインをグラスに注ぎながら、
「クラーク、おまえ髪切ったか?」
と、訊いた。クラークの後ろ姿を見てからずっと気になっていたのだが、一週間前別れたときよりも、本来なら伸びている筈のクラークの髪は、しかしあのときより短くなっていたのである。最初はいつものキャップを被っていないせいでそう見えるのかとも思ったのだが、襟足の長さがどう考えても短い。
「え? あ、ああ、これね」
クラークは自分の後ろ髪に手をやった。
「休暇でここに帰ると必ずお袋が切るんですよ。伸びてなくてもどこかしらにハサミを入れないと気が済まないらしくて」
「ふ〜ん」
「⋯⋯彼女にとっては⋯⋯なんて言うか、おなじないみたいなもんなんです。オレが⋯⋯息子がまた無事にここへ帰って来ますように、っていう」
いつもそう言いながら切ってるから、とクラークははにかんだ笑みを見せた。ヤツにしては珍しい表情だとオレは思った。
「いいお袋さんじゃねえか」
オレが言うと、クラークは、
「そうですね」
はにかんだままの表情で、素直にそう答えた。
どれだけ身体が大きくなってもどれだけ歳を重ねて本人が大人になった気でいても、親にとってみれば息子は息子。いつまで経っても子供のままなのだ。
「いつか⋯⋯」
クラークが不意に口調を変えた。
「オレ、家族と一緒に過ごした時間よりも、大佐と⋯⋯ラルフと一緒に過ごす時間の方が長くなるんだろうな⋯⋯」
その予測は、オレたちが傭兵という稼業を続ける限り、いつか現実になる。
「不満か?」
「⋯⋯⋯⋯」
そうは言っていない、と首を振り、
「ただの腐れ縁ってヤツにしては、随分できすぎた冗談だな、と」
「教官がウラで仕組んだのかも知れんぞー」
「まさか」
クラークは言下に否定した。
「教官には何のメリットもないでしょうに」
「そうかな。⋯⋯メリット云々はともかく、少なくともオレたちを引き合わせたのは教官だろ」
ハイデルン教官がオレとクラークとを、それぞれ個別に、ではあるが、彼の傭兵部隊にスカウトしなければ、オレたちが出逢うことは一生なかっただろう。それだけは疑いようのない事実だった。
「オレは教官に感謝してる」
クラークを見詰めて、
「おまえに引き合わせてくれたってことだけで」
オレは臆面なく言ってやった。
その言葉に対しては何も言い返さなかったクラークだが、その顔は摂取したアルコールのせいだけには出来ないくらい、見事に赤く染まっていた。
「大佐⋯⋯じゃなかった、ラルフー、今日はどこで寝ますかー?」
風呂を借りてサッパリしたオレがダイニングのソファーに座って聞くともなくラジオを流していると、シーツやらブランケットやらを両腕に抱えたクラークが入って来た。
「そりゃあ決まってんだろ、おまえの上」
オレは即答する。
「⋯⋯⋯⋯」
――おお、見事な青筋。
「一番暖かいのはこの部屋ですけど、ここでいいですか? 良ければそのソファーがソファーベッドになりますから⋯⋯」
オレの言葉をなかったものとして、クラークは話を続ける。
「おまえはどこで寝るんだ?」
「オレは二階の自分の寝室で寝ますけど」
「じゃあオレもそこで寝る」
「無理ですよ、ベッドひとつしかないんですから」
「だから、おまえの上で寝るって言ってんだろ」
「⋯⋯⋯⋯」
どう足掻いてもこの話題を無視できないと悟ったのだろうクラークは、渋い顔をして言った。
「ベッドが壊れます。オレがガキの頃から使ってる年期物なんですからね!? オレひとりの体重でもそろそろヤバそうなのに⋯⋯」
こんなでっかい男がふたりも乗ったら壊れる、と力説する。
「ならベッドの横の床の上でいいぞ」
「駄目ですよ。客人を床でなんか寝かせられません。大人しく一階で寝てください」
――なんだよォ。
そういうこと言うんだったら、最初からオレの意見なんか訊かなきゃいいじゃねえか。
立ち上がるようオレに促し、ソファーの背を倒してベッドメイキングしていくクラークの姿を、オレは大人しく眺めていた。こういうとき下手にオレが手を出すと、却って邪魔になってクラークを怒らせてしまうのだ。
「じゃあオレは二階で寝てますから。何かあったら呼んでください」
オレにそう言ってから、
「アラン」
クラークは食卓の下にいるアランを呼んだ。眠っているものだとばかり思っていた彼女は、呼ばれるとすぐに目を開けてクラークの顔を見上げる。
「大佐のこと、頼んだぞ」
解った、というように尾を振るのを見届けて、
「おやすみなさい」
「⋯⋯おやすみ」
クラークは静かに部屋を出て行った。
――ちぇっ。
おやすみのキスもナシかよ。
――だけどな、クラーク。
おまえ、オレが大人しくここで眠るなんて本気で信じてんのか?