「俺の裡(なか)には闇がある。闇という名の空洞(うろ)が」
自分はいびつだと庵は思う。
百パーセント京で構成されているなど。
「それを俺は埋めたいんだ。だから、何もかも手当たり次第に受け止め、飲み込んでいる」
確かに楽なことではないのかも知れない。毒を飲み込んでしまってからそうと気付いて苦しむなどしょっちゅうだ。だが、それを解毒する機能さえ庵は自前では持ち合わせていないのである。
「だから、解毒剤(くすり)欲しさにまた次を飲み込むしかない」
闇雲に。
そうせざるを得ない。
「その、繰り返しなんだよ」
だが、ひとが思うほど自分は苦しんでるわけではないのだ。だから哀れんで欲しくはなかった。
ただ『八尺瓊』がそういう生き物だという、それだけのことなのだから。
テリーは小さく息を吐いた。あまりに重い話を聞いてしまった。口を割らせたのは他ならぬ自分なのだが。
「ヤガミ」
もしもキョウを飲み込むことができるのなら、彼の闇は消える。埋まる。
でもそれが出来ないから、望めないから。
イオリは苦しみながら飲み込み続けるしかないのだ、キョウ以外のすべてを。
テリーにも自分の生と切り離すことのできない存在があった。だが、少なくともあの男は、己の世界のすべてではない。
――キョウひとりと世界とが釣り合うだなんて。
庵が自認しているとおり、それはいびつな事態であるに違いない。
「ヤガミ、俺に出来ることは?」
テリーの問いかけに庵はただ首を振る。
何もないということか、それとも何もするなということか。テリーにそれは推し測れない。
1999 autumn 終/2018.11.11 微修正
・『救済の技法』(初版版)推敲前原稿より抜粋後 加筆修正