『髪切り』(pre 咎人の檻)


「とにかく髪を流して来い。そのままにしておくと後で痒くなるぞ」
 と、京をバスルームへ追い立て、庵はベランダに落ちた男の髪の毛を掃除する。


 そういえば、先月もここでこうして自分が京の髪を切ってやったのだ。
 ついさっき庵が鋏を入れるまでは京の躯の一部だった黒髪が、今はもう誰のものでもなくなって、ベランダの床にその身を晒している。散る髪のその長さが、ひと月分の時間の流れを庵に見せつける。京の髪が数センチ伸びた、それだけの時間を自分が彼と共有した、その証だというように。


 来月も、またこうして彼の髪を切ってやれるだろうか。
 陽が陰り始め少し寒くなってきたベランダで、そんなことを思っていた庵に、
「いおりーっ、ちょっと来てくれー!」
 屋内のバスルームから京が呼ぶのが聞こえた。


 散らばった髪を急いでちりとりに集めゴミ袋に入れてから、庵は京の元へ顔を出す。
「どうした?」
 浴室と脱衣所とを隔てる曇りガラスのドア越しに、顔だけで中を覗き込めば、
「やっぱ最後までちゃんと面倒みろよ」
 腰にタオルを巻いてシャワーの準備をしていた京がそう要求してくる。
「最後まで?」
「美容院行ったら、髪切って、それから髪流して、ブローもしてくれるだろ?」
 そこまで全部を庵の手でやって欲しい。彼はそう言っているのだ。
「わがままなヤツだな」
 そんな呆れた口調と表情とを裏切って京の背後に立った庵は、
「おとなしくしていろよ」
 男の耳元に囁きかけ、自分の服が濡れるのも構わず、切ったばかりの黒髪へ温かな湯を浴びせかけた。



 来月も、来年もその次の年も。
 こうして毎月この黒髪を切ってやりたい。洗ってやりたい。
 ほかの誰にも触らせたくない。
 自分の独占欲を自覚しながら、庵は丁寧に京の髪を洗い流していく。
 そんな庵の願いを知ってか知らずしてか、シャワーの湯が入らぬよう両耳を手で押さえている京は目を閉じて、己の髪を梳き上げる庵の指におとなしくすべてを任せていた。



2000.12.xx 終/2018.11.08 微修正 



・2000.12.xx サイト『Doll Club』のがみちゃん様へ献上

 自作ではないため弊サイトに掲載することは出来ませんが、サイト『Doll Club』の管理人様が書かれた、庵が京の髪を構うSSがまず最初にありまして、そのシーンの続き⋯という形で書かせて頂いたのが上の短文です。
 これを書いたとき、既に『咎人の檻』の構想を持っていたため、公開当時のサイト上では管理人様のご配慮で「このネタで本を作る予定がある」という旨の紹介文が添えられていました。実際には自サークルの発行物として『咎人の檻』が本になることはなかったわけですが、縁あって、京庵小説アンソロジー『恋唄綴~ツキノミチ・ヒノヒカリ~』(2005.10.02 発行)に収録して頂く運びと相成りました。(※あだか名義で書かせて頂いています。)
 構想から約5年の年月を経て完成品が日の目を見ることになったのだと思うと、何やら感慨深くもありまして。SS未満の中途半端な存在ではありますが、記念(?)にpre作品も表に出しておこうと思い立った次第。

※『恋唄綴~ツキノミチ・ヒノヒカリ~』は2008年2月現在、通販可であるようなので、現時点で『咎人の檻』の弊サイトへの収録は考えておりません。悪しからずご了承下さい。(2008.02.21 記)

【追記】2018年10月、アンソロの完売が確認できましたので、弊サイトに『咎人の檻』を収載いたしました。(2018.11.08 記)