『≒好敵手』3000Hitsリク


 一次会は焼肉屋で。ケーキにロウソクなんて歳でもないから、乾杯の口上にそれらしい単語が混ざったのと、この日の主賓が奢られることを除けば、後はいつもの飲み会のていだった。みな飲む口実が欲しいのであって、ハナから会合の主旨など問題にはしていない。
 集まった顔ぶれは主役のほかに紅丸、大門、真吾。
 去年も同じメンツだったな、とビールジョッキ片手にゼンマイを咀嚼しながら、京の脳裏を過ぎった思いもその程度のものだった。三十数回繰り返して来たそれに、改まった感慨などいまさら沸きようがない。
 二次会の居酒屋へ移る段で家庭持ちの大門が輪から抜け、残るメンバーは三人。京の誕生日に託けたこの日の飲み会の企画が持ち上がった時点で、雑用をすべて押し付けられた幹事役の真吾があらかじめ抑えておいた店に腰を落ち着けてみれば、まわりはほとんどが忘年会の集まりのようだった。このシーズン、待ち時間なしで席を確保したいなら予約を入れておいた方が無難だ。
 一夜明ければすべて忘れてしまうような他愛ないバカ話を肴にひたすら杯を空け、〆のラーメンにありつく前に帰途に就かなければならなかったのは、足がなくなりそうな時間だったからだ。
 最寄駅の改札で路線の違う真吾と別れ、京は紅丸と同じ電車に乗り込んだ。





 平日の夜、終電ふたつ前の電車は仕事帰りとおぼしき大人達の集団を飲み込んで密度が高く、アルコールで火照った身は暖房をキツ過ぎると知覚している。のぼせそうだと京は眉間にシワを刻んで、ドアが閉まり動き出す車体の曇る窓ガラスに目を向けた。
「八神、誘わなかったんだな」
 並んで吊り革を手にした紅丸の声に振り向く。
「それとも断られた?」
 焼肉と聞けば誘いに乗りそうなものなのにと紅丸が考えたのは、男の好物を知ってのことだ。
「ハナから誘ってねーし」
「なんでよ」
「ライブで居ねえんだってよ。ツアーに出てるって話」
 事前にそれを聞き知っていたから声はかけなかった。もっともスケジュール的には今日の夕方あたり関東(こちら)に戻って来ている筈ではあるのだが。
「どっちにしろ今連絡つかねんだ」
「なんで」
「携帯、無くしたか壊したかしたんじゃね?」
「はっ?」
 ここ十日間ほど繋がんないんだよな、とケロリとした貌(かお)で京は言う。
「なにソレ」
「ま、引越したわけじゃないからさ」
 住んでる場所はわかってるし特に困ってない。そうあっけらかんと続けられ、呆れ果てた紅丸の口からはとっさの言葉も出て来ない。
「心配じゃないのかよ」
 ようようそれだけを口にすれば、
「なんで」
 思いもしない反問。
「なんで、って⋯⋯」
 普通はそうだろう。十日も連絡が取れない状態が続けば、相手の身に何か――それも良くないことが――あったのではと考えるのが道理ではないのか。
「おんな子供じゃあるまいし」
 相手はあの八神だぞ?
 京自身がネスツに拉致されたのは特殊な状況下での不可抗力、つまりは『例外』であって、平時に於いてあのような失態は犯さない。それはあの男も同様だ、と。
 確かに改めて説明されてみればそうかも知れないのだが。
「けど、さぁ」
 そうは言っても。
 理屈とは別に心情として、心配、という感情が沸くのは自然な流れではないのだろうか。
 京と知り合ってもう十年を軽く超える。この男に世間一般で言うところの常識なるものが通用しないことなど、とうの昔に消化していたつもりの紅丸だったが、まさにそれは『つもり』でしかなかったようだ。
 紅丸はふかぶかとため息をついた。
「おまえらってさ、結局のところどうなんだよ」
 険悪なだけの関係でないことは知っている。殺すだのなんだのと、京を前にすれば物騒極まりないことばかり口走る男が、その頬に刷く笑みの鮮烈を知っている。
 世間様ではその表情を壮絶だとか酷薄だとか言うらしいが、紅丸にはただただ綺麗だとしか思えない。そうと見分けることが出来る程度には庵との付き合いも浅からず長いのだ。
「どうって、なにが」
 思わず紅丸の口をついて出た疑問は言葉が不足し過ぎたせいで京を困惑させていた。
 もう一度、今度は誤解しようのない直球で。
「仲良いいの悪いの。どっちなわけ?」
 それは以前から一度は当人に直接訊いてみたいと思っていたことだった。
 しかし紅丸の質問は、
「つーかさ、仲良いようになんて見えんのかよ」
 またも質問で返されてしまう。
 有り得ないだろうと言わんばかりの口調で眉根を寄せるさまが、紅丸の視界の端に在った。
「見えるねえ」
 ――少なくとも俺には。
 おまえそれ眼科行った方がいいぜ、そう言い残し、京はひとり先に電車を降りて行った。







「ウソツキだな」
 紅丸は知っている、京の向かう先を。
 彼が自分と同じ電車に乗り込んで来たときから。
 そもそも京が自宅へ帰るのに、この路線を使う必要はないのだ。
 ――だからこそ仲が良いのかと疑うんじゃないか。
 こんな日に。
 京にとっては特別であろうこの日に。
 わざわざ自ら出向いて行くくらいには『違う』存在なんだろう、おまえにとって。
 仲が良いと気が合うとを同意義とするならば。気が合う間柄は、ただ甘く緩く穏やかで柔らかな関係だけを指す訳じゃない。
 あの二人は望んで己の、互いの命を懸けた火遊びを続けているのだ。もう十二年もの間、そんなスリリングな日常の中に生きている。
 命の遣り取りを介した悪ふざけだなんて。そんなもの、誰とでも出来る芸当ではないだろうに。
「わかってんのかねえ⋯⋯?」
 吐息と共にひとりごち、紅丸はホームに降り立つ。
 京に敗れ、それを機に彼(か)の男の友というポジションに収まってしまった日から、紅丸は京との、命を懸けた勝負が望めなくなった。京の友になるというのはそういうことだった。
 京にとって、友とは、真っ向から睨み合い生死を懸けて技を交わす間柄ではない。自分がそういう穏便な存在なってしまったことを残念に思う気持ちは紅丸の裡に今もあるのだ、少なからず。
 だが、彼らは。
 血縁であることには違いないのだろうが、友とは呼べず、まして恋人でもない。それでも確かに長く太く繋がっているあの絆を、何という名で呼び表すのが適切なのか、紅丸は未だその答えを見つけあぐねている。
 ひとつ、もっともそれらしい――似つかわしいと思えなくもない語を当てはめるとするなら、好敵手、か。
 けれどそれさえ、やはり充分と断じることが出来なかった。
 紅丸は改札を抜け、とうにシャッターの下りた駅前の商店街に足を踏み出す。
 眼科に行けと言ったからには、仲が良いとは認識していないということだ。少なくとも京の方は。
 ――八神はどう思ってんだろうな。
 いつか訊く機会があれば確かめてみよう。
 そう心に決めて、紅丸は白い息をまといながら街灯の下を泳ぐように歩き出した。



2008.02.03 終/2018.12.08 微修正 



・リク内容:誰かが二人に「君達仲良いの?悪いの?」って聞く話 by 鈍 ぐりん。さま
・リク内容、半分しか消化出来てなくて申し訳ないです⋯