京に初詣に誘われた。
人混みは嫌いだからと俺が断わるのに、
『待ってるからな!』
と、場所と時間だけを一方的に告げ、あいつは勝手に電話を切ってしまった。
待ち合わせ場所から考えるに、京が行こうとしているのがこの関東近郊でも五指に入ってしまうくらいには初詣客で賑わう神社だと推測できて、正直俺は気が重くなった。人混みは本当に苦手なのだ。だから普段は土日の外出ですら避ける。そのことはあいつだってよく知っている筈なのだが。
――何を考えているのやら。
部屋の壁に掛かる時計を見上げて、ひとつ嘆息。
そろそろ出かける準備をしなくては、待ち合わせの時間に遅れてしまう。待っていると言ったからには、京は俺が現れるまで何時間でも、もしかしたら丸一日だってそこで待つだろう。あいつはそういうヤツだ。
――だから行ってやらないと。
我ながら、考えていることが言い訳じみていた。
待ち合わせの場所に現れた俺の姿を一目見るなり、京はその黒目がちな大きな眼を更に大きく見開いて固まってしまった。
――そんなに珍しいか、袴姿が!
「⋯⋯いつまでそのアホヅラを晒している気だ」
不機嫌な表情でそう言ってやったら、ようやく金縛りが解けたように数回瞬きして、
「なんか⋯⋯メチャメチャ感激!」
嬉しいなあ、俺と逢うためにわざわざ盛装してくれたんだ〜、などと締まりのない貌で寝惚けたことを抜かす。
「莫迦が。貴様と行くからではないわ! 参詣するのだから、これくらい⋯⋯」
当然のことだろう、と言いかけた俺の言葉など京は全然聞いちゃいない。
「言ってくれれば俺も袴穿いて来たのに〜」
そしたらペアルックだったしな! と、いっぺん死んで来いと叫びたくなるような戯言(たわごと)を抜かしやがった。
頭が痛い。
「ここで話してても仕方ないし、行こうぜ」
京に促され、俺たちは境内へと向かう人の流れの中へ呑み込まれる。
「すげぇ人の数!」
改めて口にすることでもないだろうに、京はそう言うと周囲の人間より頭ひとつ分飛び出した視線で人混みを眺め回す。
「元旦当日だからな」
当然だろうと俺は冷たく返すが、それを意に介したふうもなく、いきなり京はこんなことを言い出した。
「な、庵、手ェ繋ご」
「はっ?」
「だから、手。繋いで歩こ」
こんな人混みだから途中ではぐれちゃいけないだろ? と冗談とも本気ともつかない貌で京が言う。それにどう答えるべきなのか判断をつけかねている間に、俺の手はしっかり京のそれに捕まえられてしまっていた。
――まあ、いいか。
どうせこんな人混みでは、誰も他人に構ってなどいないだろうから。
本当は、互いにこれだけ身長があり目立つ容姿をしているのだ、たとえ京の言うようにはぐれたとして互いを見つけられないなど有り得ない。
その事実に敢えて目を瞑った己に気付かぬ振りで、俺は京の手を強く握る。京が嬉しそうに顔を綻ばせたのが横目で見えた。
「俺さあ、今年は頼みたいことがいっぱいあんだよな」
嬉々として京が言う。叶えたい願いが沢山あるのだ、と。
「なあ、おまえは? おまえは神様に何を願う?」
「そうだな⋯⋯」
願い事⋯⋯願い事⋯⋯。
神に祈って叶えて貰わねばならぬような望み。そんなものが自分にあるだろうか。
本堂へと続く長い長い道のりを京と共にゆっくり歩みながら、俺は真剣に考える。
――来年も。
京とふたり、こうして参拝できますように。
それが、俺が新年に祈った願い事だった。
2001.01.03 終/2005.01.15 微修正
・2001.01.03 サイト『Doll Club』のがみちゃん様へ献上