『デートは2回』


「庵ー? まだ寝てんのかー?」
 寝室のドアから中を覗くと、入り口に背を向けてまだベッドの中にいる庵の姿が見えた。俺の声にも反応はなく、彼がまだ熟睡中だと知れる。布団から覗く、剥き出しの両肩が少し寒そうだ。
 そういえば、昨日はパジャマを着せてやらないままで寝てしまったんだった。数時間前までの自分たちの行為を思い出して、俺は顳に熱を感じてしまう。庵の部屋に泊まるのは2週間ぶりだったから、全然歯止めが効かなくて、庵には随分無理をさせてしまった。
 ホントのことを言うと、俺は毎日だって泊まって行きたい。同棲したっていいと思ってる。だけど庵はそういう曖昧なことだけは許してくれなくて、翌日が休みのときにしか俺をこの部屋に泊めない(そういう生真面目なトコも好きなんだけどさ)。逆に、翌日が休日でさえあれば、俺が押しかけても決して文句は言わない。それどころかちゃんと客としてもてなしてもくれる。
 俺が抱きたいと言っても、よほど気が乗らなかったり体調が優れないときでさえなければ素直に応じるし。昨日もそうだった。庵は宵の口から、明け方、意識を飛ばしてしまうまで俺に付き合ってくれたのだ。その彼が、いまだ起きられないでいるのも当然だった。
 だけど。
 今日は俺には庵と行きたいところがあった。そろそろ起こして、準備をして貰わなくては。庵を外に連れ出すとなると、支度にやたらと時間がかかってしまうのだ。
 だから、可哀想だとは思ったのだが、俺は庵を起こしにかかった。
「起きろよー、庵ィ」
 ベッドの端に腰を下ろし、庵のあどけないとさえ言える寝顔を覗き込んでしまえば、決心も揺らぎそうになるけど。もう少し寝かせておいてやろうか、なんて。そんな仏心を無理矢理殺して、
「起きなきゃキスしちまうぞ? いいのか⋯⋯?」
 耳元で、脅しにもならない警告を発してみた。だけど庵はやっぱり目を開けない。
 だから。
「いいんだな?」
「ん⋯⋯」
 俺は庵に覆い被さるように窮屈に身を屈め、深く寝息を零していた彼の薄い唇に自分のそれを触れさせた。そして呼気を受け入れるように唇を開き、乱暴な仕草にならないよう、ゆったりとした動きで庵のそれを包み込む。
「⋯⋯」
 息苦しいのか庵が喘ぐように口を開いたところへ、するりと舌を滑り込ませた。無意識に逃げる熱い舌を追って口吻けを深めて行く。俺の躰の下で、庵の躰が身動いだのが判った。
「庵、起きた?」
 名残惜しいけど、気持ちのいい唇から離れ、改めて庵の顔を見下ろしてみる。
「ん⋯⋯」
 俺に触れられたせいで赤く濡れた魅惑的な唇から、悩ましいほど艶を感じさせる吐息を零して、庵が重い目蓋を上げた。眠り足りないのだと訴えかけて来る、ぼやけた表情の瞳が俺の顔を捕らえる。
「きょう⋯⋯?」
「無理に起こしてゴメンな。けど、もう朝だからさ⋯⋯」
 そろそろ起きてくれないかな、と言った俺の言葉を理解しているのかいないのか、布団から伸ばされた素肌の長い腕が俺の首に絡み付いて来た。
 ――まだ寝惚けてんのか⋯⋯?
 庵の不可解な行動に、どうしたらいいのかと戸惑っていると、
「起こせ、京」
 寝起きの掠れた声が気怠そうにそう催促する。そこで俺は漸く庵の行為の意味を理解し、彼の腕を首に巻き付かせたまま、ゆっくりと自分の身を起こした。そうすれば、俺の上体に引き起こされる格好で、庵の躰も起き上がる。
 しかし庵は俺の肩口に頭を預ける格好で、まだしどけなく撓垂(しなだ)れていて。
「あと5分だけ⋯⋯」
 このままでいさせて欲しい、と言外に請われ、
「わかった」
 俺は収まりのいいように姿勢を変えて庵の腰を抱き直し、素肌の庵が寒くないよう、その肩からシーツでくるんで彼の覚醒を待つ。
 庵はひどい低血圧で、当然のごとく寝起きがめちゃくちゃ悪い。以前はそんな庵をどう扱っていいか判らず、無理に起こそうとした挙げ句、朝っぱらからバトルになっちまったことも一度や二度の話ではなかった。でも今はそんな失敗はしない。
 声をかけるタイミングも心得たし、こうして庵の主体性を尊重してやりさえすれば、彼が気分よく目覚められると知ったから。
 庵は俺の腕の中で、まだかなり眠そうなとろんとした目を閉じてしまわないよう、そうとは悟らせないぼんやりとした表情ながら、素直に重力に従おうとする目蓋と懸命になって戦っている。寝乱れて頬にかかっている髪を梳いてやりながら、俺は枕元の時計に目を遣った。
「庵、5分だ」
「ああ⋯⋯」
 緩慢な動作で俺から離れて行く庵の素肌の感触を、正直惜しいと思うけど、今朝は悠長にいちゃついてちゃダメだから。
「シャワー浴びて来いよ。メシ作っといてやるから」
 庵は俺に促されるまま柔らかく頷き、惜し気もなく全裸の後ろ姿を晒して、少し覚束無い足取りながら寝室から出て行った。






 シャワーを浴び、着替えを済ませてリビングに現れた庵は、俺が作った朝食の並ぶテーブルに着いた。朝食といっても、庵は朝はあまり食べられないから、生野菜のサラダが一皿とブラックのコーヒーだけだ。実はこれでもまだマシになった方で、以前はコーヒーしか飲んでいなかった。空っぽの胃にコーヒー(しかもブラック!)だけを入れるのは身体に良くないから、と俺が注意したら、その日から庵はサラダを添えるようになった。それでも食の細さだけはどうにもならないらしくて、小皿に盛ったそれを食べ残してしまうこともある。
 いただきます、と声には出さず、手だけを合わせてから庵がフォークを手にする。それを見届けて、俺はトーストに齧りついた。
 簡単な朝食がほぼ終わりに近付いた頃、
「庵、おまえ今日はなんか予定あんのか?」
 俺は庵にそう尋ねた。
「いや。何もないが?」
 それがどうかしたのか、と語尾を上げることで問うて来た彼に、
「俺買い物に行きたいんだけど、暇だったら付き合ってくんねーかなーと思ってさ」
「買い物⋯⋯。何を買うんだ?」
「コート」
 俺は通学用に買った一着のダッフルコートを、ここ数年ずっと着倒していて、コートの類いは長く新調していなかった。別に衣装に拘る性質(タチ)じゃないから、そのダッフルコートが幾分かくたびれ始めたことに気付いたのは、今年の冬物がもうバーゲンに入ってしまった時期だった。
「おまえが持ってる黒のロングコートがあるだろ? あれみたいな、フォーマルなヤツが一着欲しいなーと思ってさ」
 カジュアルなデザインのものの方が俺にとっては着こなし易いし、本当は好みでもあるんだけど。
「何か目的があるのか?」
「え? ⋯⋯って、なんで?」
「いや、貴様の好みではなかろう、ああいうのは」
 しっかり庵にバレてる⋯⋯。
「気分転換っての? たまにはさ、違ったタイプのもいいかと思ったんだよ」
「⋯⋯まあ、似合わないことはない筈だが⋯⋯」
 貴様はガタイがいいからな、と言って、でも気に入ったデザインのものを選ばなければ、そのうちすぐに着なくなってしまうんじゃないのか、と庵は懸念も口にした。
「大丈夫。それはない。絶対に、ナイ」
 俺がきっぱり言い切れば、庵は、それならいいがと呟いてから、
「ならば付き合ってやろう、その買い物」
と、買い物に付き合うことを快く了承してくれた。






 正午過ぎ、俺が庵を伴って向かったのは、老舗の某有名百貨店。普段はこんなところ、自分から行こうなんて思わないけど、今日は特別。なんたって庵が一緒なんだ。チープな店でチープな物を、という予定じゃない。
 紳士物を扱っているブランドのフロアを巡り、庵とふたり、片っ端から覗いて行く。ロングコートを一着一着手に取って、ここが気に入らないとか、こっちの方が似合うとか、そんな会話を交わしながら歩き回るのはマジで楽しかった。
 一通りフロアを制覇して、時間もちょうど午後3時。茶でも飲もう、ということになって、俺たちは百貨店内の喫茶店に入った。休日の午後ということで店内はそこそこ混んでいたけど、待たされる程のことはなく、すぐに席に案内された。
 それぞれにアメリカンとブレンドのコーヒーをホットで注文して、
「で、目星はついたのか?」
 さっきまで見て回っていたコートについて、庵に訊かれる。
「んー、一番イメージに近いのは、アレだな。2階の店の丈の長かったヤツ」
「チャコールの、か」
「そう、ソレ」
「でもあれは⋯⋯」
と、言って、庵が難点をいくつか挙げた。
「そう言われりゃそうだけど⋯⋯既製品だし、それくらいは仕方ないんじゃねー?」
「だが、ああいうのは、丁寧に扱えば何年も着られるものだぞ」
 もう身長の面での成長はほとんど止まってしまっているから、今後衣服を新調するなら、それは、大袈裟な言い方をすれば一生物になる。だから、本当に気に入って納得したものだけを買え、と庵は言う。
「ところで京、予算はどれくらいなんだ?」
「んー、上限5万、かな」
「5万か」
 貴様にしては奮発するんだなと、普段俺が衣装に金を掛けないことを知っている庵はそう感想を漏らし、コーヒーを飲み干して、
「京、ここは出よう」
と、言った。
「え?」
「ここでは貴様の気に入るものは見つからん」
 言い切って、急な展開に着いて行けない俺を、庵は店の外へと連れ出した。
「どこ行くんだよ」
「黙ってついて来い」
 百貨店の建っているメインストリートを一本裏に逸れ、庵は更に歩き続ける。そして、一軒の小さなブティックの前で漸く足を止めた。
「ここは⋯⋯?」
「俺の行きつけだ」
 言いながら、庵がドアを引く。カウベルが柔らかい音を発てて来客を知らせた。
「いらっしゃいませ。⋯⋯あら、八神さま。今日はおひとりじゃないんですね」
 俺たちを出迎えた店のオーナーは、年配の、品のいい雰囲気を身にまとった女性だった。庵にゆったりと微笑いかけた後、俺の方へも顔を向け、丁寧に腰を折る。
「今日はコートを見せて欲しいんだが⋯⋯」
「それでしたら、こちらに」
 彼女は狭い店の奥に俺たちを案内し、また後で声をかけるから、と言う庵の言葉に頷いて、レジカウンターの裏に姿を消した。
 コートの数は少なかった。どれもいまいちピンと来なくて、それを正直に庵に告げると、
「どれのどこがどう気に入らないか言ってみろ」
 そう言われ、俺はすべてのコートについて事細かに説明する。
「わかった」
 庵は頷き、貴様はそこで待っていろ、と言い置いて、オーナーのところへ行ってしまった。
 手持ち無沙汰になって、しばらく店内をふらふらしていたら、
「京」
 庵に呼ばれる。手招かれるままレジカウンターに近付いて行くと、
「これでどうだ?」
 一枚のデザイン画を見せられた。描いたのはオーナーらしい。
「うわ⋯⋯」
 それは俺の希望をすべての面で満たした一着で。思わず感嘆の声を漏らした俺に、
「ここではオーダーメイドで服が作れるんだ。だから世界に一着しかない服が手に入る」
 庵は少し得意気にそう説明した。ひどく嬉しそうなその表情が目茶苦茶かわいい。
「これでいいか? まだ何か注文があれば、今ここでちゃんと言っておけよ。どんな細かいことでもな」
 そう言われて、改めてそのデザイン画に目を通してみる。でもどこをどう取っても、もう何一つ文句のつけようがなかった。庵は俺の希望を完璧に把握して、オーナーに説明してくれたらしい。
「これでいい。完璧だ」
「そうか。なら⋯⋯」
と、老婦人に声を掛け、
「寸法を採ってやってくれ」
 俺を彼女の方へ押しやった。
 オーナーは、失礼します、と一言断って、俺の採寸を始める。が、メジャーの類いは一切使わなかった。彼女は自分の腕の長さや指と指の幅、そういった躰の部分を使って俺のサイズを測っていくのだ。これには正直俺も驚いた。メジャーなどできっちり測らなくても、この方法で充分正確な採寸が出来るらしい。昔の服職人は皆この方法で採寸したのですよ、と彼女は控えめな態度ながら誇らしげにそう語ってくれた。
 庵はそんな俺たちの遣り取りを、少し離れた場所の椅子に腰掛けて、口元を緩めた和んだ表情で眺めていた。
 寸法を採り終えると、次は生地選びだ。
「これがいい」
 俺は起毛の一点を、生地のサンプルから選んだ。
「色はどうする?」
 庵に訊かれ、
「おまえ選べよ」
 そう答えた俺に、庵が怪訝な貌を見せるから、
「おまえはどの色のコート着た俺と一緒に歩きたい?」
 そう言ってやった。
「好きな色選んでいいぜ? 何色だって俺はちゃんと着こなしてやるからさ」
「馬鹿か、貴様は」
 庵の悪態は照れ隠し。それが解っているから、俺は少しも腹が立たない。それどころか、仄かに赤く染まった庵の頬を、かわいいとさえ思ってしまう。
 ――このコートを手に入れたら、またおまえと並んで歩きたい。
 言外に告げたその想いを、庵は正確に聞き取ってくれていた。
「いいから、早く選べよ」
「⋯⋯⋯⋯」
 促されて尚、庵はひどく逡巡していたが、
「ならば、白で」
 そうオーナーに告げた。
「いいんだな、本当に」
 発注書を持ってオーナーが一旦カウンターを離れたところで、庵が少し不安そうに念を押して来る。
「いいぜ。白だな? ⋯⋯でも何でそれ選んだんだ?」
 理由を教えて欲しい、と言うと、庵は照れ臭そうに微笑って、
「貴様のこの⋯⋯」
と、俺の髪を片手でさらりと梳き、
「髪が一番映える色だ」
 そう答えた。
「白は汚れが目立つからどうしようかと迷ったが、やはり譲れんと思ってな」
 活動的な俺が、上着を汚してしまう可能性は限りなく高い。庵はそれを承知の上で、それでも白を選んだらしい。
「じゃあ着るたびに緊張しちまうな」
 茶化して俺が笑えば、
「汚してしまったら俺に言え。ちゃんと手入れしてやるから」
 ――ああ、俺ってホント愛されてるよ⋯⋯。
 こんな些細な遣り取りの最中、俺はそれを強く実感する。庵はいつも俺のことを最優先に考えてくれているんだ、と。メチャメチャ幸せじゃないか?
「あ、でも庵、アレ5万じゃ足りないんじゃねーの?」
 オーダーメイドの服が5万で作れるなんて話は聞いたことがない。最低でも10万は下らない筈だ。それに思い当たって、急に不安になった俺に、
「足りない分は俺が出す。少し早いが誕生日のプレゼントだとでも思っておけ」
 視線を逸らし、今度は明らかにそれと判る照れた表情を俯けて庵は早口にそう言った。
 ――うっわ! 我慢できねぇっ!
「京!?」
 気付いたときには嬉しさのあまり、俺は気分の昂ぶりのまま庵に口吻けてしまっていた。いつもなら、場所をわきまえろの一言と共に、ここで一発殴られる筈なんだけど。今日の庵はそうはしなくて。
「馬鹿が⋯⋯」
 仕方ないな、という声音でそう零し、一瞬の、掠め取るようなキスを返して寄越した。このまま押し倒しちまいたいってくらいに凶悪的にかわいい!!!!
 が、俺の理性が吹っ飛んでしまう寸前、オーナーが戻って来た。
「生地の方も充分にストックがありましたから、そうですね⋯⋯10日後には出来上がりますよ。いかがなさいますか、取りにいらっしゃいます?」
 別途料金を上乗せすればご自宅にお届けも出来ますが、と言われたけど、
「ああ、じゃあ、再来週の日曜にまた来ます」
 俺はそう答えた。
「日曜⋯⋯?」
 俺の回答に庵が怪訝そうな貌をする。再来週の日曜といえば、今日からちょうど2週間後だ。コートが出来上がって来るのはそれよりも4日早い。
「学校の帰りにでも寄ればいいのに」
 閉店時間までには来られるだろう? と庵は俺の顔を覗き込んだ。
「んー、間に合うけどな。でも日曜がいい」
「⋯⋯なぜだ」
「出来上がりは一番におまえと一緒に見たいし、それ着て歩くのも、一番に、おまえとがイイからさ」
 臆面もなく答えてやれば、直後庵はこう吐き捨てた。
「馬鹿が⋯⋯っ」
 今日何度目かの庵の悪態。今度のそれは小さく聞き取りにくくて、きっと俺にしか聞こえなかった筈だ。
 出来上がりを電話で知らせて貰えるよう頼んでから、俺は庵と共に店を出た。
「出来上がりが楽しみだな」
「ああ」
 俺の言葉に、庵も心の底から楽しみに思っている様子で大きく頷く。
「再来週、またおまえも一緒に来てくれるよな?」
「ああ、来てやろう」
「おまえの持ってるあの黒のコート着てくれる?」
「構わんが⋯⋯」
「じゃあその後デートしよう」
「!」
 新しいコートを着て、庵と一緒に街を歩きたい。
「いいだろ?」
 横目で庵の横顔を窺えば、やっぱりまた赤い頬をして困ったように俯いていて。でもそれが照れてるだけだって判るから。俺はにーっと笑って庵の腕を掴み、ずんずん歩きだした。
「なあ、京」
「ん?」
 俺に腕を引かれたまま、俯いて歩き続けていた庵が顔を上げ、
「なぜ急にコートなど新調しようと思ったんだ?」
と、訊いてきた。
「へへー、今は秘密」
「なんだそれは」
「コートが出来上がったら教えてやる」
 庵は俺がどんな格好をしていようと、それについて何も言わない。庵は俺の趣味を認めているから、俺に似合ってさえいれば気にならないらしい。だけど、俺と庵とが一緒にいるところを目撃したことのある悪友共は、みんな口を揃えてこう言うんだ。『おまえらって釣り合ってないよな』って、さ。
 確かにカジュアルな格好ばかりの俺と、いつも隙のない着こなしをしている庵とが並べば、端からはそう見えるんだろう。
 別にそれを恥じてる訳じゃないぜ? 人間外見じゃなくて中身が大事だって思ってるからさ。
 だけど。
 庵にさえ認められてりゃ、それで充分だって知ってるけど。
 それでも、俺と一緒にいることで、庵に対する評価までが下がっちまうのは嫌だった。どうせなら、中身だけじゃなくて外見でも、庵に相応しい男だってみんなに認められたいと思った(言っとくけど、容姿のことじゃないぜ。そういう意味での外見にだったら絶対の自信があるんだ)。
 フォーマルなコートを完璧に着こなして、ビシっと決めて、庵をびっくりさせてやりたいって気持ちもあったし、俺に惚れ直させるいい機会だとも思ったし。
 後半の部分だけを取り敢えず口にしたら、
「馬鹿なことを言うんだな、貴様は」
 予想外に庵が微笑った。呆れたのでも、馬鹿にしたのでもない、なんていうのか⋯⋯ひどく和んだ穏やかな笑顔で。
 そして、片腕を俺に掴まれたまま、もう一方の手で俺の首を抱き寄せて、
「これ以上、貴様のどこにどう惚れたらいいんだ?」
 庵はそう囁きざま、夜陰に紛れ、甘いキスをして寄越したのだった。


 ――なあ、庵。俺家まで我慢できそうにないんだけど、このままラブホに寄っていい?



2000.10.29 終/2018.11.02 微修正 



・個人的にKさんにプレゼント
 この話はもともとは未公開作品というヤツでして、イベントで、ある方に、手作りの(生の原稿の、つまりこの世に1冊しかないという)京×庵本を頂いてしまいまして、そのお返しに⋯とその方にのみメールでお送りした、個人的なプレゼント品でした。
 らぶらぶなのが良いとのリクエストだったせいか、おそろしく痒いですね; なんかもう、ウチのふたりじゃないというか、自分が書いた話じゃないみたい⋯。(2005.01.16 記)