『1212』


 ――ピーッ。
『もしもーし、八神ー? 二階堂ですー。明日の夜8時から京の誕生会やることになりましたー。そっちの予定が知りたいんでー、オレの携帯まで電話してください。連絡待ってまーす。⋯⋯じゃ』
 今冬の東京はいつになく暖かい日がつづいている。その日、12月10日も、日中はマフラーも手袋もしないで過ごせるだけの、充分陽差しの強い一日だった。しかし、20年近い年月を激寒の地で暮らしていたとは思えないほど寒さに弱い庵は、出先から部屋に戻っても、すぐにはコートさえ脱げないでいる。
 エアコンを入れ、手袋をしたままの指で留守録を解除すると、紅丸からのメッセージが入っていた。
 今月の12日、京は25回目の誕生日を迎える。
 庵はメッセージを聞き終えると同時に受話器を取った。
「八神だ。いま留守電聞いた。明日のことだが⋯⋯」
 暖かい空気が流れはじめた部屋の中で、ようやく庵はマフラーに手をかけた。






「きょーう、誕生日おめでとーっ!!」
「草薙さーん、おめでとうございまーすっ」
 居酒屋の奥の宴会用の座敷で、男共のひくい祝辞に出迎えられ、
「まだ11日だっての」
 京は複雑な笑顔を見せた。
 座敷には、この会の企画者である紅丸のほかに、大門と真吾の姿がある。3人共、京が気兼ねなく本音でつきあえる数すくない人間だ。
 京は荷物を下ろし、ダウンジャケットを脱ぎながら、
「あれ、これで全部?」
 見回した座敷に肝心な人間の顔がない。
「八神さ、なんか用事あんだって」
 紅丸がちょっと表情をくもらせ、京の疑問に答える。
「遅れて来んの?」
「や、たぶん無理だろうって。⋯⋯一応来れるなら来いって言っといた。2次会の場所と時間も教えてあるからさ」
「そっか」
 落胆の表情を隠しもせず、京は上座についた。
「まま、京、そんなカオしないでさ、今日はパァーっといきましょ、パァーっとね」
 紅丸は場を盛り上げるように明るい声で言い、強引に京にグラスを持たせる。
「そーですよ、草薙さん。ほらカンパイしましょ、カンパイ!」
 真吾がビールの栓を抜き、全員のグラスに注いでまわる。
「それではー、えー、センエツながらー、草薙京の愛弟子ワタクシ矢吹真吾がー、皆様を代表しまして、えー」
 乾杯の音頭を取ろうと挨拶をはじめた真吾の言葉尻を浚ったのは、
「京の25回目のバースディを祝ってー」
 紅丸の声。
「だから、まだ24だっつーの」
 京のぼやきを掻き消して、
「カンパーイっ!!」
 座敷中に3人の男たちの歓声が響いた。






 アパートの階段のコンクリートを踏む足音に、庵は抱えた膝に埋めていた顔を上げた。
「あれ⋯⋯八神?」
 京を背負って階段を昇って来たのは紅丸だ。
「⋯⋯なんでこんなトコに居んの」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
 白く息を凍らせて、庵はゆっくり立ち上がる。脚が寒さと痺れとで素早く動かなかった。
「京、起きろよ、おいっ、八神が来てるぜ」
 紅丸が後ろを振り返ってしきりに声を掛けるが、泥酔している京はピクリともしない。
「もー、カンベンしてくれよー」
 愚痴りながら、紅丸は庵に近づいてきた。部屋の前で京を背中から降ろし、
「ホント重くてさー、こいつ太ったんじゃねぇかな。着膨れてるせいだけじゃねぇよ、絶対」
「⋯⋯寝ているのか」
「べろんべろんに酔っ払ってね。⋯⋯おい京、部屋のカギは?」
 ペチペチと頬を叩きながら紅丸が尋ねるが、熟睡しているらしい京はうんともすんとも言わない。
「Gパンの右ポケットだ」
 代わって答えたのは庵だった。
「よく知ってんね」
「ヤツの癖だからな」
「ふ〜ん」
 含みのある反応に、
「なんだ」
「いや。べつに⋯⋯」
 鍵を探すために片膝をついて屈み込んだ紅丸は、庵の死角で意味深な笑みを浮かべ、
「合鍵持ってんのかと思ってたからさ」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「京、くれるって言わないのか」
 紅丸は言われたとおり京のズボンの右ポケットからキーホルダーを抜き取った。
「いや」
「言ったんだろ?」
「ああ。だが、オレが断った」
「いらないって?」
「そうだ」
 3つ付いている鍵の内のひとつは庵のマンションの部屋のものだ。
「なんで」
「持っていても使わんからな」
「おまえらしいよ」
 京の部屋の鍵を選び出してドアを開け、紅丸と庵はふたりがかりで爆睡している男を中へと運び入れ、ベッドの上に放り投げた。それでも京は呻き声ひとつあげず、ぐうぐう寝ている。
「なあ八神、なんで来てやらなかったんだ? 用があるなんて、アレ、嘘だったんだろ」
 庵は小さく頷いた。
「解ってたよ」
 庵は大勢で騒ぐことが苦手なのだ。紅丸には庵の心情がなんとなく読める。京のために会に参加することよりも、彼は自分が居心地悪さを感じることの方を嫌ったのだ。
「けどよ、大変だったんだぜー? 京のヤツ悪酔いしちまってさ、なんでおまえが来ないのかって、オレに絡む絡む」
 大門は口が固いし真吾はアレで相当鈍いから、問題はないだろうと思いながら、それでも紅丸は気が気ではなかったのだ。
「フォローすんのも楽じゃねぇって」
「悪かったな」
「まったくだ!」
 素直に謝罪したのにキツイ言葉が返ってきて、思わず黙り込んだ庵に、
「本気にした?」
 紅丸はいたずらな表情を見せ、
「べつに本気で怒っちゃいないよ」
 からかってみただけさ、と笑った。そして、タクシーを下に待たせてあるから、と玄関へ引き返し、
「じゃ、あとは任せた」
 そう言って階下へと降りて行った。






 紅丸を玄関まで見送ってから部屋に戻った庵は、京が眠るベッドヘッドのデジタル時計を手に取った。時刻は既に午前を回り、日付は12日に変わっている。庵はしばらく何かを思案する貌付きで宙を睨んでから、目覚ましをセットし、本棚替わりのカラーボックスの上にあったセロハンテープで、ポケットから出した物を時計に張り付け、元の場所へと戻す。その後、京のダウンジャケットを脱がせてその躰を毛布で簀巻(すま)きにし、また何かを考える素振りでエアコンを見上げ、
「ま、ナントカは風邪をひかんと言うからな」
 独り言をつぶやくと、そのまま部屋を出て行った。






 目覚まし時計のデジタル音に心地よい睡眠を邪魔され、京は眉をしかめた。頭の中で今日の日付を弾き出し、なんの予定もないことを思い出して益々つよく目を閉じる。昨夜からの暴食暴飲のせいで、身体も頭もまだ起きられるような状態ではなかった。
 京は目を閉じたまま手探りで目的の物を見つけだし、いつもの要領で鳴り止ませようとして、しかし、
「⋯⋯⋯⋯?」
 指に触れた覚えのないものの触感に驚き、思わず目を開けてしまった。
 時計本体に何かが張り付けられている。眠い目をこすってよく見れば、それは映画やコンサートなどのチケットを取り扱っている有名な会社の封筒だった。
 ひとまず目覚ましのアラームをとめ、訝しみながらも開封してみる。
 中から出てきたのは一枚のチケットだった。その表に印刷されているNHLの文字に、京はガバッと跳ね起きる。
 眠気など一気に吹き飛んだ。
 世界のトップレベルを誇るNHLの選手が来日する試合となると、アイスホッケー好きの京には涎モノだ。
 アイスホッケーは京の得意スポーツのひとつだった。氷上の格闘技とも言われる激しいスポーツだが、その肉弾戦の過激さこそが京の嗜好を刺激する。
 試合日は今日、12月12日。試合会場と試合開始時刻を確認した京は転げ落ちるようにベッドから下り、洗面所へと駆け込んだ。もう悠長に寝ている場合ではない。これから支度をしてすぐに出掛けても試合開始に間に合うかどうかの瀬戸際だ。
 ――いや、その前に庵を訪ねないといけないから⋯⋯。
「間に合わねぇーっ」
 悲鳴を上げて無駄に部屋中を駆け回りながら、京は外出の準備をしはじめた。






「庵ィっ、出掛けるぞーっ」
 部屋のドアを開けるなり京は叫んだ。
 しかし、玄関先に現れた庵は、
「オレは行かんぞ」
 まだどこに行くとも言っていないうちから、誘いを断ってしまう。
「そんなこと言わないで行こうぜ、ほら、コレ!」
 京はコートのポケットからチケットを出して、目の前にかざした。
「一枚しかないんだろう」
 ろくに見もしないで庵はチケットを突き返す。
「大丈夫、当日券買えるって」
「寒いのは嫌いだ」
 京は冬生まれということも手伝ってか寒さにも強いのだが、庵の方は超が付くほどの寒がりだ。いくらアイスホッケーが室内競技だとはいえ、アイスバーン上での試合である。リンクの氷を溶かさないために設定された会場室温は、寒さに弱い庵には耐え難いものがあった。しかも彼には、アイスホッケーに対する興味が、まったくと言っていい程、ない。
 行こう、行かないの押し問答が数分つづき、先にキレたのは庵だった。
「せっかく手に入ったチケットを無駄にする気か? とっとと行け!」
 庵は京の背を押し、玄関から追い出してしまう。
 京は意気消沈したまま、それでも試合会場へと向かってバイクを走らせた。






 冬季の日没は早い。京が試合会場を出てバイクに跨がったときには、もうとっぷりと陽が暮れていた。
 京はそのまま自分の部屋へは戻らず、庵のマンションの駐車場の来客用スペースにバイクを停め、階段を上がる。そしてチャイムも鳴らさず合鍵でドアを開けると、無言で部屋に上がりこんだ。
「京か?」
 闖入者を咎めるでもなく、平素と変わらぬトーンの庵の声がリビングから聞こえた。
「どうだったんだ、試合は」
 ソファーに座ってコーヒーを飲んでいた庵は顔を上げ、リビングに現れた京を見る。京の表情は暗く沈んでいた。むくれているようにも見える。
「つまんなかった」
「⋯⋯そうか」
「それだけかよ」
「なんだ。やけに絡むんだな」
「あたりまえだろ。誰のせいで面白くなかったと思ってんだ」
「だれのせいだ?」
「おまえだよ」
 庵は京の言葉にキッとなった。が、いつもなら喰ってかかる筈のその場面で、彼はひとつ深呼吸。気を鎮めようとしたらしい。そして、口をついたのは、
「それは悪かったな」
 信じ難い謝罪の言葉。ただし感情はこれっぽっちも籠もっていない。
「なんで悪かったのかも解ってねぇくせに」
 案の定、京の表情は晴れないまま。
「怒らせたいか」
 京と負けず劣らず刺々しい表情と、脅すような低い声。
「ああ。怒らせてぇよ。怒らせて久々派手に殴り合いの喧嘩がしたい気分だ」
「⋯⋯今日は貴様の誕生日だろう」
 だから、こっちは怒りを堪えてやっているのだ、と庵は主張したいらしい。
「なんだ、忘れてんのかと思ってたぜ」
 難癖をつけるような京の皮肉な口調にも、庵は怒りを爆発させない。
「忘れていたら、プレゼントなど遣るか。⋯⋯生憎気に喰わなかったようだがな」
「プレゼント⋯⋯?」
「面白くなかったんだろう?」
「!?」
 庵の言うプレゼントが今日の観戦チケットのことだと、このとき京は遅まきながら気が付いた。驚きを露に、
「あのチケット、おまえがくれたんだ⋯⋯」
 京は無意識につぶやく。欲しかったものが手に入った驚きと喜びとに舞い上がっていて、彼はチケットの出所について今の今まで考えもしていなかったのだ。
「前に観たいと言っていただろう。ちょうど貴様の誕生日だし、くれてやるには最適だと思ってな。だが、楽しめなかったのなら意味がない」
 庵の言葉もほとんど耳には入らず、京は思い浮かんだ情景を確かめるために、真正面から庵の顔を見据えた。
「じゃあ、おまえウチに来てたのか⋯⋯?」
 ――チケットを渡すために?
「ああ。貴様が帰ってくるのを部屋の前で待っていた」
「じゃあ⋯⋯」
 自分が酔い潰れて帰ったりしなければ、庵に逢えたということだ。
「なんだよー、だったらオレが起きるまでいてくれても良かったじゃねぇか!!」
 ここでようやく調子を取り戻し、京が本来の我儘ぶりを発揮しはじめる。
「べつに渡したいものが渡せたら、オレはそれで良かったんだ」
 しかし庵もまた常の素っ気なさで、まともに取り合おうとしない。
「でもさ、なんでチケット一枚しか取らなかったんだ?」
「なんで、だと?⋯⋯そんなもの、貴様の分だけで足りると思ったからに決まっている。それとも誰かほかに誘いたい奴でもいたか」
「当たり前だろ!」
「だれを誘うつもりだったんだ?」
「解んねぇのかよッ」
「言わなければ解る訳がなかろう」
 それが解るのなら、庵の性格上、最初から二枚用意している。
「信じらんねぇっ」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
 京が何に憤慨しているのか本気で解らないらしい庵は、当惑している。
「なんで解んねんだよッ! ⋯⋯おまえだ! おまえと一緒に観たかったに決まってる」
 自分を指さす京に、庵は目を丸くした。
「なぜだ。興味もない人間と一緒に観戦して楽しいか」
「楽しいよ! ひとりで観るよりよっぽどいい」
「解らんな」
 期待して観に行ったはずの試合だったのに、京は少しも楽しめなかった。どちらも京の贔屓のチームではなく、特別応援したい理由がなかったから余計だったのだが、一番の原因は、彼がひとりで観戦していたことにあったのだ。
 目の前のリンクで繰り広げられるスーパープレーのひとつひとつを、それがいかに凄いプレーなのか細かに説明したいのに、聞いてくれる相手がとなりにいない。そして、その自分の説明を聞いてくれるのは、京にとっては誰でもいい訳ではなかった。それに気づいてしまった途端、京には目の前の試合が色褪せて見えはじめたのだ。
「分からず屋!」
「なんだと!?」
 とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、庵はガバッと立ち上がり、その勢いのまま京の胸倉を掴みあげる。京は庵の腕を振りほどき、
「分からず屋だから分からず屋って言った!」
 負けじと言い返す。
 一触即発の危機に、しかしそれ以上の睨み合いを嫌ったのは、またも庵の方だった。
「勝手にホザいていろ」
 冷たく吐き捨てると、彼は京にくるりと背をむけ、寝室へ入って行ってしまった。






 リビングにひとり取り残された京は、しばらく収まらない怒気を持て余し、つめたく閉ざされた寝室のドアを睨みつけたまま肩で息をしていた。しかし、ささくれだっていた精神が落ち着きを取り戻して行くにつれ、今度はひどく虚しい気分に襲われはじめる。
 今日は自分の誕生日。
 嬉しい筈の日なのに、どうして庵と喧嘩なんかしなくちゃいけないんだろう。
 こんな誕生日は御免だ。
 寂寥感に耐え切れず、京は寝室のドアを開ける。
 庵は入口に背を向けて、ベッドの上に座っていた。
「いおり⋯⋯」
「なんだ」
 返事をしてもらえないかも、と少し弱気だった京の呼びかけに、素っ気ないながらも庵はきちんと対応した。そのことに、京は心底安堵する。
「今日はさ、オレの誕生日なんだぜ? スッゲェ嬉しい日なのに⋯⋯オレ、なんでおまえと喧嘩しなきゃいけないのかな」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「オレ、ヤだよ、こんな誕生日」
 そう言って、京は背後からそっと庵を抱き締める。
「まだ怒ってるか?」
「怒っていたのは貴様の方だろう」
「⋯⋯オレはもう怒ってない」
「オレも怒っていない」
「ホント?」
 思わず弾んだ声が出た。
「ああ」
 うなずく庵に、さらに訊いてしまう。
「ホントに?」
「しつこい」
「へへへ」
 照れ笑いをして、京は庵の躰を抱く両腕にさらに力をこめた。自分でも単純だと思うが、庵の機嫌が治ったことが素直に嬉しいのだから仕方ない。
「京、ひとつ訊いていいか」
「なになに?」
 身を乗り出して背後から顔を覗きこむだけでは間に合わず、いったん躰を離して京は庵の正面に回り込んだ。
「どうしてオレと一緒に行きたかったんだ、今日の試合」
「おまえは解らないかも知れないけど⋯⋯」
 必死に言葉を探しながら、京は説明しはじめる。
「おまえはそうは感じないかも知れないけど、オレは、おまえと一緒の方が、ひとりで行くより楽しい」
 この想いを少しでも正確に伝えたい。だから更に言葉を継いだ。
「今日のことだけじゃないぜ?」
 言っていることが解らない、と顔をあげた庵は首を傾げて京を見る。
「どういうことだ」
「メシ喰うのも、遊びに行くのも、セックスするのも、オレはおまえと一緒がいちばん美味くて、いちばん楽しくて、いちばん気持ちいい」
 教え諭すようにゆっくりゆっくり紡がれていく言葉を一言も聞き漏らすまいと、庵は京の唇をじっと見つめている。
「なんでかって訊かれても、それはうまく説明できないけど、それが事実なんだ」
「⋯⋯解らんな」
 嘆く口調で庵はちいさく首を横に振った。理解できない自分自身がもどかしいといったようなその仕種。
「今はまだ解らなくてもいいよ」
 自身にも言い聞かせるように、京は自分の言葉を噛み締めている。
「だけど事実だってことを知ってて欲しいんだ」
 いまは、とりあえず。
「気持ちで納得できなくてもいいよ。でも、頭では解れよ」
 いまは、いい。今はそれだけで。
 いつかその気持ちにも解らせてみせるから。
 自分が絶対、体感させてみせる。
 ――オレが、この手で。
 必ず。
 困惑貌で見つめる庵を安心させるように、京は自然と微笑みかけていた。
「あんま考え込むな。いつか解るから」
 庵は目蓋を伏せ、ふかく吐息をつく。両肩から力が抜けて行く様が、京の目にもはっきりと映った。
「それよりさ、庵」
 ふたたび顔を上げ、自分を見つめかえす庵の双眸に視線をあわせ、
「オレ、おまえからまだ貰ってないものがあんだけどな」
 京はさっきとは意味の違う、甘えた笑顔をみせる。
「なにが欲しいんだ」
「おまえにおめでとうって言ってもらってない」
 京の言葉が意外だったらしく、庵は瞬いてしばし沈黙した。そして、次にその口が開いたときには、祝辞を期待する京の気持ちを思い切り裏切って、
「誕生日のなにが目出度い。死にまた一歩ちかづいたことを確認するための日だぞ?」
 さすがの京も、これには参った。
「八神ではそうなのかも知んないけどさー⋯⋯」
 しかしここで黙ってしまっては、欲しいものが手に入らない。
「オレはおまえに言って欲しいの」
「心の底からなど祝ってやれんぞ? それでもいいのか」
「いいよ」
 上っ面だけの言葉でも、いまは。
 ――そう、今は、な。
 庵はやっぱり、理解不能という表情をしたまま、それでも、
「誕生日おめでとう」
 感情のこもらない平坦な声で言う。
 しかし、
「うん」
 庵の言葉に、京は満面の笑みで応えてみせた。



2000.01.23 脱稿/2018.10.31 微修正 



・初出:『1212』2000.02.06 発行
・再録本『Happy Love Love?』2009.05.03 発行に収録
・弊サイトではKOF'95発売時の公式プロフを元に、京が74年、庵が75年生まれの設定になっています。公式では永遠のハタチな彼らですが。それにしても、五郎ちゃんとかどうなんですかね、子供が生まれているのに(結婚おめでとう!)自分の歳はそのまんまっていう⋯。(2001.11.11 記)