政宗が呼んでいる、と小性に告げられて主の政務室へと赴いた小十郎は、
「小十郎、おまえ宛だ」
その言葉と共に、白く小さな物を差し出された。正式な書状の形式に則らないそれの正体は、結び文。
「真田から、でございますか?」
甲斐から書状が届いたという報せは受けていた。政宗に宛てられたそれは真田幸村からのもので、その書面の末尾に『添えた結び文は片倉殿へ』としたためてあったらしい。
「いや、あいつからじゃねえみてえだな」
「?」
では、いったい誰からだろうか。
思い当たる節がない小十郎は、小首を傾げつつ政宗の御前へ膝でにじり寄ると、細長く折りたたんで結び目を作った文を受け取った。
「失礼」
短く断ってその場でほどき、こまかな折りを丁寧に開く。
「⋯⋯」
長くはないその文面に目を走らせて、小十郎は眉間の皺を深くした。
「政宗様」
目を通し終えたそれをふたたび政宗へと返す。
手に取って内容を確認した政宗はにやりと笑い、
「ほう」
おもしれえ、と一言つぶやいて、小十郎にこう命じた。
「小十郎、おまえ明日は一日holidayだ。登城禁止、な」
「し、しかし政宗様⋯⋯!」
「いいじゃねえか、一日くれえ。借りた物は早めに返しておかねえと、なあ、小十郎?」
借りた物、と政宗は言った。
その言葉を思い起こし、一日の雑務を終え城近くにかまえた自邸へと歩を進めながら、小十郎はふかい溜め息をつく。
結び文の差出人は武田の忍こと猿飛佐助だった。曰く、過日の貸しを返して貰いに行くのでよろしく、と。
つきましては、明日(みょうにち)終日、片倉小十郎の自由を貰い受けたい――そう綴られた水茎の跡は、何につけ器用にこなすあの男にしては少々つたなくさえ思えるものだった。が、そんなこと
も今の小十郎にとっては何の慰めにもならない。
佐助のいう『貸し』とは、小十郎が竹中半兵衛の策に嵌って大坂城の牢に囚われていた際、その脱出を手助けしたことを指す。もっとも手を貸したのは佐助の勝手であって、小十郎自身が頼んだわけではないのだが、結果的に世話になったことには違いなく、貸しを返せと言われれば否やは唱え難かった。