日の高い時刻であるが、城下町までにはまだ数里の距離があるためか、小十郎の進む街道に人影はない。
と、そのとき――。
馬を駆る小十郎の全身が、すっぽりと大きな影に包み込まれた。
「!?」
ハッとして顔を上げたところで、
「まさかと思ったんだけど、やっぱり右目の旦那じゃない」
大烏の足に掴まり、何者かが中空から小十郎を見下ろしている。
「てめえ⋯⋯、武田の忍か」
大烏の双翼に日の光が遮られ、影の中にある男の顔は判然としない。が、その声に聞き覚えがあった。常に幸村の傍らにある忍のものだ。
――確か、名は⋯⋯。
猿飛佐助。
草の身分でありながら苗字を持っていることに不思議を覚えた記憶がある。もっともそれとて通称かも知れないが。
「見張りの配下から知らせがあってね。左頬に傷のあるおっかない顔の兄さんが上田を目指してるようだってさ。で、もしかしたらと思って俺様が出迎えに参上したんだけど⋯⋯」
その佐助をぶら下げ、大烏は羽音もなく馬の走る速度に合わせて着いて来る。
「やっぱりあんただった」
言葉通り偵察に現れたのだろう佐助からは、まったく敵意が感じられない。小十郎に攻撃の意思がないと見極めてでもいるかのようだ。
「⋯⋯」
何と応えていいものか言葉を見つけあぐね、小十郎は馬の手綱を引き、速度を落とす。
それを見て、佐助は大烏の脚から手を離すと、危なげなく地上に降り立った。
大烏はそのまま視界の彼方へと飛び去って行く。その姿を見送って、小十郎は完全に馬の脚をとめさせると、
「確かめたいことがあってここに来た」
馬上から佐助に声を掛けた。
「⋯⋯真田忍隊(ウチ)の偽物が奥州で何かやらかした?」
「なんだ、わかってんなら話は早えな」
「こっちにもおたくの兵士の偽物が送り込まれててさ、ちょっと面倒なことになってるもんでね」
「やはりそうか」
頷いて、詳しい話をするために馬から下りようとする小十郎を、
「そのままそのまま」
と、佐助が制し、
「ここで立ち話もなんだし、ちょっと俺様に着いて来てよ」
ゆっくり話が出来る場所まで案内するから、と馬の轡を取り、先に立って歩き出した。