軍議解散後、政宗はさっそく一通の書状をしたためた。
「――で、これを武田のおっさんのところまで、誰に届けさせるか、だな」
執務室の主(ぬし)の独り言のような声がした直後、部屋の隅に置かれた文机の前で、彼の政務を手伝っていた小十郎はひとつの決意を秘めてしずかに顔を上げた。
「政宗様、そのお役目――僭越ながら、この小十郎にお命じ下さいませ」
政宗の名代となるのだ、当然半可な者を遣るわけにはいかないが、その点、小十郎であれば何の問題もない。
「Hum」
政宗が興味深げに片眉を上げた。
「それは構わねえが⋯⋯。珍しいな、おまえが自分から何か強請るなんてよ」
「ねだるなどと、そのようなことでは――」
ございませぬ、と口早に否定する、その狼狽ぶりこそが既に常の小十郎とは違っていることに、本人は気付いていない。
「ついでだ、返事もおまえが貰って来い」
「!」
つまり、それまでのあいだ甲斐に逗留していろと言われたわけで、政宗の真意を悟った小十郎は、耳朶ばかりか首までを仄赤く染めてうつむいた。
政宗には、佐助との仲を知られている。
要は佐助とゆっくり会って来いと、そう暗喩されたのだ。平然と構えていられる筈もない。
「幸い奥州の情勢はいま落ち着いてる。軍師のおまえがいっときここを離れても、どうということはねえ」
無論、小十郎もそれを見越して名乗りを上げたのだが、改めて言葉にされると、私欲にまみれた下心――それは小十郎の卑下だが――を見透かされたようでどうにも気恥ずかしく、顔を上げられなくなってしまう。
「たまにはいいじゃねえか、行ってやりゃあ。武田の忍がこっちに来るばっかじゃfairじゃねえ。おまえもそう思ってたんだろ?」
政宗が言うとおり、ふたりの関係に於いては佐助が奥州を訪ねるばかりで、小十郎が政宗に従う以外で甲斐へ赴いたことはかつてない。もっとも、この不公平は互いの想いの差を示すものではなく、佐助ならば空を疾(と)く飛ぶすべを持っているし、また、小十郎のそれに比べて自由の利く立場でもあるから――それが主な理由だった。
だから、主の許しが得られた正当な任務でありさえすれば、自ら甲斐へ出向きたいと小十郎は常々考えていたのである。そんな彼にとって、今回の使者としての役目は渡りに船。これを機に日頃の借り――と言ってしまうと語弊があるが、心情的にはそれと大差ない――を返せたら、と思い立ったのだった。