光恋うる獣、二尾:サンプル

 外へ出て気を鎮めた佐助が部屋に戻ってみると、小十郎の目が開いていた。荒かった呼吸がずいぶん落ち着いており、紅潮して汗の滲んだ頬を除けば、熱の名残もほとんど見つけられない。
 小十郎はつい今し方目覚めたばかりのようで、横になったまま、入り口に立つ佐助の方を振り向いた。
「気分はどう?」
 佐助の問い掛けには答えず、男はぼんやりとした視線を寄越しているだけだ。常の鋭い眼光が嘘のような、頼りない様子に佐助のこころがまた騒ぐ。
 佐助は目を逸らした。
 布団の足側をまわり、手桶を置いて元の位置に座す。冷たいかも知れないよ、と断ってから、新しい水にひたした手ぬぐいを絞り、小十郎の額や首筋に浮いた汗を拭ってやった。
 そのとき、小十郎が不思議そうなかおをして目をまたたかせた。目の端を、見慣れぬ色がかすめたように思ったのだ。
 小十郎の意識が覚醒する。
 ようやくしっかりと焦点を結んだ視野が捉えたのは、佐助の指先だった。手指の先端が、打ち身をひどくしたような青黒いそれに変色しているのだ。
「その爪⋯⋯」
 熱に浮かされた後だったせいだろう、機微に敏い小十郎にしては珍しく、深慮する前に、気付けば思うままを口にしていた。
 佐助はハッとして顔を上げ、
「ああ、ごめんよ。こんなんで触られちゃ気味が悪いよね」
 爪を隠すように、指を手のうちに握り込んだ。
 武田や真田に仕える者たちは、佐助はもとより忍隊の配下の、草の者ならではの奇異な部分などとうに見慣れて無反応だから、つい忘れがちになるのだが、初めて目にする者には不快に違いなかった。
 だが、小十郎は首を振る。
「別に」
 そんなふうに思ったわけじゃねえ、と。
「毒、か?」
「うん。そう」
 この髪の色もね、と佐助は自身の頭に目線を遣り、
「忍には多いよ」
と言った。
 忍には、毒に耐性をつけるため、まだ幼い時分から少量の毒を服み続ける者が多くいる。その毒が、こうして皮膚や髪の色に影響を及ぼすことがあるのだ。佐助も例外ではなかった。
「おかげさんで簡単に毒にやられることはないけど、代わりに薬は効きにくい」
 代償は、外見の変化だけにとどまらない。
「難儀だな」
「ははっ、まあねえ」
 小十郎の素直な感想に、佐助は苦笑いを返した。
「でも背に腹は替えられないってとこかな」
 小十郎は伏した姿勢のまま、握り込まれっぱなしの佐助のこぶしを注視している。
「てめえは忍だろ」
「?」
「だったら、それはてめえの誇りなんじゃねえのか」