・Trick and Treat



「右目の旦那!」
 今夜もまた天井裏から忍が一匹降って来た。
「とりっく おあ とりーと!って、ね?」
「⋯⋯おらよ」
 持ってけ、と菱形の木箱を無造作に突き出して、その顔におもしろくなさげな表情を浮かべているのは部屋主の片倉小十郎だ。
 木箱を条件反射で受け取った佐助が箱の蓋をとってみれば、中には淡い色味の落雁がみっしりと詰まっていた。しかも型押しは真田の六文銭。
「あ、れ?」
「てめえは馬鹿か」
 神無月の終わりに催されるこの異国の風習を、佐助が知るに至った経緯は知らねども――おおかた南国経由、ザビーあたりが布教しているのを諜報に飛んだ先で小耳に挟んだのではないかと推測するが――、異国文化に造詣深い小十郎の主の存在を忘れて貰っては困る。
「俺が知らねえ筈ねえだろう」
「でーすーよーねえぇー!」
 俺様としたことが、とガックリうなだれる姿に、小十郎は片眉を上げた。本当に思い至っていなかったのだとしたら、どれだけこの忍が浮かれて視野を狭くしていたのかという話である。
 とはいえ、佐助がこの日に奥州へやって来るかどうかまでは小十郎にも確信がなかった。それでも真田にちなんだ菓子を作らせ用意しておくあたりにその本音が透けている。
「で? もてなしといたずら、どっちが所望だ」
「⋯⋯で、って。もうくれちまったじゃねえのよ、干菓子をさ」
 別にそんなの欲しくなかったけどねー俺様は! そう素直に憤慨してみせる忍に目を細め、
「だから訊いてやってんじゃねえか。だいいち落雁(そいつ)はてめえの主の腹におさまんだろ? わざわざ奥州まで来といて、菓子だけで満足して帰んのか」
 だいたい俺はてめえをもてなした覚えなんざねえぞ、と。暗に告げている小十郎に、佐助は一瞬ぽかんとした呆け顔を見せ、次いでぐぬぬぬぬと妙な唸り声を発したかと思うと、
「ったく、なんで旦那は、そう⋯⋯!」
 ほんっと、漢前すぎて参るよね!
「俺様降参!」
 ひらりと両の手のひらを晒して苦笑い。
「旦那もひとが悪いよ」
 菓子を用意していたのは、佐助が来ればいいと願うこころの現れ。
「とりっく あんど とりーと、だ」
 来いよ、と両腕を広げられてしまえば、あとはもう。
 ――惚れ直すしかないじゃない?



 Trick and Treat.
 欲しいなら両方ぜんぶ食っちまえ。





了 2011.11.01