すん、とわずかに鼻を蠢かせ、文机に広げた兵法書から顔を上げた小十郎は、障子に閉ざされて見えない部屋の外へ視線を流した。
小十郎の背に凭れて呼子の手入れをしていた佐助が、こちらは耳をそばだてる素振りで目を閉じる。
「降り出したみたいだね」
「降り出したな」
ふたり同時に声に出し、佐助が背を浮かせるのを待って座を立った部屋の主が、障子の桟に手を掛ける。するりと押し開けば、さらりとした白く小さな雪のつぶが、どんよりと暗い空から舞い落ちはじめたところだった。
「奥州(こっち)じゃ初雪かい?」
佐助は鍛えられた忍の聴力をもってして、音で降雪を言い当て、
「ああ、そうだ」
小十郎は匂いでそれを察する。言葉で表現することは難しいが、雨のそれとは違う、冷たく硬く澄んだ匂いが空気に混じるのだ。
部屋の中で座ったまま、小十郎のうしろ姿越しに曇天を眺めていた佐助が、やおら腰を上げ、男の隣に肩を並べた。
「積もるかねえ」
吐く息の白さも雪のそれに溶けて霧散する。
「どうだろうな」
庭の土色がだんだんと面積を少なくし、白銀に侵蝕されゆく様を、ふたりはしばらく黙って見詰めていた。
春を待つ季節の到来を、六花が告げに来た日――。
了 2011.02.15
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2011.02.15のmemoより転載