「鳥になりたいと、あの方がときどき口にされるんだが――その気持ちが解るような気がするな」
やさしい声音が忍鳥に語りかけている。
――まったくなんてこと声に出してくれちゃってんのよあの御仁は! しかも俺様の忍鳥に向かって! なんで俺様に直接言わないの!
声に出して叫びたい気持ちをぐっと堪え、佐助は屋根の上で身悶えていた。
奥州は片倉邸の屋根の上。佐助の眼下には、忍鳥を前に独白する竜の右目のつむじが見えている。
実は、忍鳥が樫の枝に止まるのと同時に、その主もまたこの屋敷の屋根に降り立っていたのだ。平常ならそのまま屋敷内に侵入するのだが、この日はちょっとした悪戯心で気配を断った。いつ気付くか、待ってみようと思ったのだ。
そうしたら。
――なんていうか⋯⋯。見ちゃいけないもの見ちゃったっていうか、聞いちゃいけないこと聞いちゃったっていうか。
片目を覆ってため息をつきたい心境だ。
――俺様、なんだかとんでもない場面に遭遇しちゃったような気がするよ。
すっかり出て行くきっかけを逃してしまい、佐助は途方に暮れていた。
と。
「⋯⋯おい」
不意に、小十郎の発する声が大きくなったかと思うと、
「忍、居るんだろ。降りて来い」
確信をもった口調がそう命じる。
しかし、佐助の視界の中で小十郎の姿勢に変化はない。
「あれ? いつ気付いたの」
なんでわかったかなあ? とこぼしながら、これ幸いと屋根を蹴る。
「こいつがさっきからずっと屋根の上気にしてんだよ」
腕に止まらせた忍鳥を指して言い、
「文筒も付けてねえのに、こいつだけで任務ってのは不自然すぎるだろう」
どこか近くに居るとは思ったんだ。そう言って、音もなく背後に降り立った佐助を小十郎はようやく振り向いた。
「で、どこから聞いてた」
「さあて、ね?」
揶揄う気満々だったのに、先手を打たれて佐助は曖昧に微笑む。居るのが判っていたというのなら、それは。
――聞かせてもいいって思ってたってこと?
「俺様の方が鳥になりたいよ」
――あんな本音聞かせてくれるんだったら、さ。
最後までは口にせず、佐助は目の前の男を抱きしめた。
了 2010.09.16