「はーい! そこなお二人さん、ちょっと休憩ー!!」
パンパンとふたつ手を打ち合わせ、佐助が呼ばわったのは、上田城の広い庭先で手合わせに夢中になっている己の主とその好敵手。
「お茶が入ったよー!」
真田の旦那にはお団子もねー! のひと押しが効いたのか、
「おお、今日の茶請けは団子にござるかっ!」
さっと政宗から距離を置き槍を引いた幸村が、涎をこぼしそうな勢いで振り向いた。実際に飛び散ったのは、全身から吹きだした汗の玉だ。
「そろそろ水分補給しないと倒れるでしょ」
真夏の炎天下、日陰になった縁側で待ち構える佐助は、いつもの忍装束ではなく、柳染の小袖に丁子茶色の軽衫(かるさん)袴を脚絆で絞った小者のような格好をしている。この日の彼は忍隊隊長としてはいわゆる非番で、しかし奥州からはるばる訪れた政宗と小十郎主従をもてなすため、貴重な休暇を返上していた。幸村ひとりに接客を任せることが不安だったからである。
井戸で汲み上げた水で手を洗い、ついでに濡れ手拭いで顔や首の汗をぬぐってから、幸村と政宗が佐助の待つ縁へと上がってきた。
「はい。今日はみたらしにしてみたよ」
佐助は、とろみのついた醤油味のタレをたっぷり掛けた白玉を幸村に勧め、
「竜の旦那もどうぞ」
幸村の物よりも小振りな皿に平楊枝を添え足した。
団子には目もくれず、あらかじめ温(ぬる)めに淹れた茶を湯呑に二杯たてつづけに飲み干して、ようやく人心地ついたのか、政宗が口を開く。
「おい、猿。小十郎はどうした」
「俺様サルじゃないから!」
「んなこたどうでもいい」
良くないよ! と生真面目に否定しておいて、
「右目の旦那ならまだ厨(くりや)だよ。ウチの旦那にって、ずんだもち作ってくれてるみたい」
つい先刻まで、佐助は小十郎と共に厨に立っていたのだ。
「あー、ずんだか⋯⋯。枝豆はいまが旬だからな」
「ずんだもち、にござりまするか」
それはいかような餅で、と興味津津の幸村が目を輝かせて尋ねるのへ、どう説明しようかと思い巡らせたらしく一瞬の間があき、
「目で見て舌で味わった方が早えぇな。じきに小十郎が持って来ンだろ」
面倒になったのか、政宗は返答を放棄した。
ほどなくして、屋敷の奥から近づいてくる歩幅のひろい足音が聞こえ、盆を手にした小十郎が現れた。彼もまた、常の陣羽織はもとより防具一式を身に着けておらず、頭に藍染の手拭いを巻き、紺無地の小袖を襷掛けでまとめて仙台平の平袴を履いた姿は、こちらも登城のない日のいでたちである。
「片倉殿、待ち兼ね申した!」
とっくに己の分のみたらし団子を平らげて、更には政宗の皿からも数個貰いうけ、それでもまだ食べ足りないといった様子の幸村が、遠慮も会釈もない勢いで小十郎を出迎えた。
「旦那! お行儀悪いよ!」
小十郎に向けて――正確にはその手にある盆に向けて――差し伸べられた幸村の手の甲を、容赦なくべしっと叩(はた)き落とし、
「そんな餓(かつ)え子みたいにみっともない! あんた仮にも城主でしょうが!」
慌てなくても団子は逃げないよ、と佐助が主を叱りつける。
「Like a mom. 猿はお袋みてぇだな」
政宗のつぶやきに、小十郎も心のうちで秘かに同意しつつ、幸村の前にひとつ皿を下ろした。
「これがずんだもちにござりまするか」
佐助に怒られたことなどすぐさま忘れ、ぱあぁっと音がしそうな笑顔の花を咲かせた幸村が、皿の上に乗る、若緑の粗目の餡がかかった白玉の山をまじまじと覗き込んだ。
「遠慮しねえで食え」
時間が経つと白玉が硬くなる、と言い添えてやれば、
「はい、では有難く!」
それでも胸の前で手を合わせることは忘れずに、幸村は目の前のひと皿と向き合った。
皿を手に、淡い緑色の餡をのせた白玉をひとつ、平楊枝に刺しすくい、そうっと口の中に納めて咀嚼した次の瞬間、
「!」
幸村が声にならぬ言葉を発し、小十郎を振り向いた。
「何か言いてえなら食ってからにしろ」
先手を打っておかねば、また佐助に叱り飛ばされるような不躾を仕出かしそうで、小十郎は咄嗟に幸村を制す。こくこくと頷いた幸村は、もぐもぐとしばらく黙って口を動かし続け、やがてごくりと嚥下し、
「片倉殿、実においしゅうございますな! 餡が粗い故に豆の歯触りが残っており⋯⋯」
うぐいす豆ともまた違う味で、と言い募る。
「枝豆が甘味になるとは思いませなんだ」
なんだかひどく感激している様子で、幸村はふたつ目の団子に手を伸ばした。
「作り方はあとで猿飛に伝えておいてやる。気に入ったなら次からはてめえの忍に作って貰え」
かたじけのうござる、と表情で伝えて来るのへ頷き返し、
「政宗様も召し上がりますか」
と、主に問えば、
「そうだな。おまえが作ったのを食うのは久しぶりだ」
政宗にもひと皿差し出した。
「旦那、俺様もひとつ貰っていい?」
ずんだは食べたことないんだよね、と平楊枝を手に、幸村の皿の上の一玉を取ろうと伸ばしかけた佐助の腕が、横からやんわりと押さえられる。
「猿飛、てめえのはこっちだ」
「?」
「甘すぎるのは苦手だと聞いたからな」
甘さをおさえてある、と言って、小十郎はまだ盆に残っていた別の一皿を佐助に手渡した。
「! わざわざ作り分けてくれたんだ?」
「別に大した手間じゃねえ」
「でも嬉しいよ。ありがと」
面と向かって礼を言われるとなぜだか照れる。小十郎はうっすら耳朶を赤くして、不自然な動きでそっぽを向いた。
そんな小十郎を見て見ぬふりで、
「あ、すごい、ちゃんと豆の味がする」
ずんだを口に入れた佐助が感想を述べる。
「当たり前だ」
豆と砂糖・塩以外には何も混ぜていないため、基本的にずんだは素材の豆の味が引き立つ餡に仕上がるのだ。
佐助は皿を目の高さにまで持ち上げて、じっくりと見た目を検分している。
「この餡、網漉ししたのと磨り潰したのと両方混ざってる?」
「よくわかるな」
「まあ、それくらいはね」
暗に、料理の腕が素人でないと仄めかす発言に、ならば、と小十郎も言葉を続けた。
「こいつは甘味だが、砂糖を控えめにしておいて、塩と味噌で味を整えたら酒のアテにもなるぞ」
こう言っておけば、佐助のことだ、自分流の工夫を加えて好みの味に行きつくだろう。
「右目の旦那はお酒飲める方なんだっけ?」
佐助の問いに小十郎が答えるより早く、
「こいつかなりイケる口なのによ、遠慮ばっかしてロクに飲みやがらねえ」
からになった皿を盆に返した政宗が口をはさんだ。
泥酔した部下の介抱もおのれの仕事と心得ているせいなのか、小十郎は度を超して飲むということが決してない。伊達軍の兵士たちの中にすら、嗜む程度にしか飲めないのだと誤解している者も在るくらいだ。
「ふぅん」
皿に残った最後の一玉をぱくりと口に放り込んで、何やら思案げにくうに視線を投げていた佐助が、
「じゃあさ、今度ふたりで飲もうよ。酔いつぶれても誰にも迷惑かかんないよ」
熱い茶に淹れなおした湯呑を小十郎に差し出しつつ、そんなことを提案して来た。
「馬鹿言ってんじゃねえ。てめえに迷惑かけるだろうが」
小十郎は眉間にしわを寄せて、湯呑を受けとる。
「なに言ってんの。迷惑を迷惑だと思わないのが相手なら迷惑じゃないでしょ」
「なんなんだその屁理屈は」
頭が混乱しそうな佐助の言い分に呆れ顔を向け、小十郎はひとくち熱い茶を啜った。
寝言は寝てから言いやがれ。
了 2010.07.29