・うたたねとひざまくら



 暦は弥生。
 花木の芽吹く、日差し心地よい季節。
 忍が一匹、甲斐からの書状を届けに奥州までやって来た。




「男の膝で悪いけどさ、それでも床で寝るよりはマシだと思うよ? ホラ、片倉の旦那!」
 身構えるいとまなく小十郎は少々強引に佐助に腕を引かれ、たたらを踏んだ勢いで、そのままどさりと身体が倒された。もちろん衝撃はほとんどなく、小十郎の頭の下には忍の腿。ふたりの目線は同じ壁の側を向いていて、左耳を上にして横臥させられている小十郎は、まるでこれから佐助に耳かきでもされそうな態勢だ。
「⋯⋯なんなんだ、てめえは」
 横目で睨み上げて来る仏頂面の悪態をものともせずに、
「だって朝からずっとお仕事してたんでしょ。すこし休んだ方がいいって」
 佐助はしごく淡泊に言ってのける。
 たしかに佐助の言うとおり、今日の小十郎は朝からずっと文机に向かっていた。朝餉をとる間の四半刻ほどをのぞけば、この部屋にこもりきりだった筈だ。
「だからってな、手を休めりゃいいだけの話であって⋯⋯」
 何も横になる必要はないと思うのだが。
「いいからいいから」
 いっぺんやってみたかったんだよねぇ、膝まくら。
 そんな呑気なことを言いながら、佐助の手が小十郎の額に触れる。反射的に目を閉じたところで両目蓋を覆うように手のひらが降りて来、暗くなった視界と頬の下のぬくもりが、疲れた身体にゆったりとしたまどろみを連れて来た。






 次に小十郎の意識が覚醒したのは、右頬にふれる、やわらかで、けれどくすぐったい何かのせいだった。ぱちりと目を開けて、瞬間、己の視界いっぱいに広がった光景に、
(!)
 ぎょっとして上げそうになった奇声を、咄嗟に喉奥へ押し返した。
(さ、さるとび?)
 小十郎の視野一面を埋め尽くしていたのは、佐助の忍装束の特徴的な図柄で。横向きの姿勢で顔の角度もそのままに、そうっと目だけを天井の方向へ動かしてみれば、うたたねする佐助の顔があった。佐助はこくりこくりと舟を漕いでいて、落ちかかったその枯葉色の髪の毛が、彼の頭が揺れるたび、小十郎の頬をかすめていたらしい。
(くすぐってえと思ったら⋯⋯)
 眠りに落ちる寸前の遣り取りを思い出し、ようやく現状を把握した小十郎は、佐助に気取られぬよう、ふうと小さく息をついた。
(てめえの方が疲れてんじゃねえか)
 おそらくは、膝を貸すから休めと言って座り込み、そうして自ら動きを止めたことが致命傷、気付かぬうちに自身までが睡魔に襲われてしまったのだろう。
 折しも締め切った障子の向こうからは、どうにも心地よい午後の日差しが、ふたりを包み込むように射し込んでいる。腹のくちくなった猫でなくとも身を延べたくなるような陽だまりだ。
 小十郎自身、寝返りまで打って寝こけていたわけだから、佐助のことをとやかく言えもしない。
(さて)
 このまま佐助を寝かせておいてやりたい気持ちは山々なのだが、今日のうちに片付けねばならぬ仕事がまだ途中になっている。しかし、ここで自分が少しでも動けば、気配に敏い佐助のこと、すぐさま覚醒してしまうだろう。
 どうしたものか。
 しばし躊躇い、けれど決意を固め、小十郎は佐助の腿から頭を上げることにした。






 ピクリとまつげが震えたかと思うと、ぱちりと音がしそうな勢いで目蓋が上がり、色素が薄めの両目が現れる。
「あ、あれ!? えーっと⋯⋯」
 きょろりと室内を見回した佐助の目が、最後に、対面で座す小十郎の顔を捉えた。
「うっそ! 俺様寝ちゃってた!?」
 わたわたと無意味に両手が踊る。
「そうみてえだな」
「あっちゃー、ごめん」
「別に謝るようなことじゃねえ」
「あー、うん、まあそうかも知んないけど、うん、でもなんかごめん」
 失態だとでも思っているのか、しょげているらしい佐助に背を向け、小十郎はそっけなく文机の前へと移動する。そうして、
「猿飛」
 背後の気配に声を掛けた。
「背中で良けりゃ貸してやる」
「へっ?」
「まくらの礼だ。まだ夕餉までには間がある。もう少しここで眠っていけ」
 これが片付くまでは構ってやれん、とぶっきらぼうに背中で口をきき、机の上に書物を広げるのが、小十郎の肩越しに見えた。
 一瞬、何を言われたのかと呆気に取られていた佐助だが、すぐさまなんとも表し難い笑顔になり、
「うん、ありがと」
 それじゃあ遠慮なく。
 小十郎の背後まで膝立ちで這いすすむと、くるりと向きを変え、男の広い背に己の痩せた背をぴたりと寄せて両の手脚を投げ出した。






了 2010.07.19

・ネタ元について:
『【言い訳】ったー(http://shindanmaker.com/32010)』の診断結果(参照⇒7/15付のmemo)がネタ元。
ツイッター上でネタにしたところ、TADのそまさんが乗って下さって、遅筆なわたしより早く、かわいいさっこじゅまんがを描いて下さってます。まだご覧になっていない方は是非!(そまさんの「絵倉庫」→「マンガのようなもの」→「ひざまくら」)
お題(と言って差し支えないと思う)が同じでも全然違うものが出来上がる、というとても判りやすい例。